第55話 交戦-3



 遙か昔、サンクティオという小国を収める王カタストは、周囲の資源が豊かな場所も自国にしようとした。だが、その時のサンクティオにはそれだけの力はない。そこでカタストは力を欲し、禁忌に手を染めてしまった。

 そして、自らを皇帝と名乗り、サンクティオを取り巻く四つの国へ次々と攻め入っていく。禁忌の力を得たサンクティオの軍勢に、戦など経験のない国々は、なす術もなく降伏するほかなかった。


 しかし、その栄華も長くは続かなかった。

 禁忌の力はカタストの心を蝕み、その存在自体も魔へと落ちていく事になる。真に魔王となってしまったカタストの下、次第に、国は傾き始め、それまで虐げられていた人々が困窮に声を上げはじめた。その声は侵略された周囲の国だけでなく、サンクティオ内部でも大きくなり、反乱軍が作られた。その中心にいたのは、カタストの変貌に心を痛めていた彼の息子でもあるカエルムだった。

 数で勝る反乱軍、戦える者はその身を以って戦い、戦えぬ者は神々に祈る事で前線に立つ者へ力を与えたが、それでも、禁忌の力を得たサンクティオの軍勢は強かった。拮抗していた戦いは、次第にサンクティオ軍が優勢となっていき、人々がもうだめかと思い始めた時、漸く祈りが通じ、三人の女神たちがサンクティオに降り立った。

 女神たちは目の辺りにした惨状に心を痛め、カエルムに力を与えた。女神たちがカエルムに与えたのは、禁忌の力に染まった魂を取り込み、自身の魔力と同化させることで浄化していく力。故にカエルムは戦えば戦うほど、強くなっていく。親子を通じ禁忌の力と女神の力の戦いとなったそれは、カエルムがカタストを撃った事で勝利を収める。

 カタストに従い、魔に落ちてしまった臣下や兵たちの全てを救う事は叶わず、残ったものたちは、女神たちの手によって魔物が住む世界へと送られた。そして、この地とその世界が繋がってしまわないように、三人の女神は各国を護るために季節の女神たちを作りだす。

 その後、魔王を倒すため反乱軍として協力をした小国五つが、それを機に一つとなり、ルーメンとなった。反乱軍の指揮を執ったカエルムを新しい王として、女神たちの祝福を得たルーメンは栄え、人々の暮らしも豊かになっていく。

 そして、悲劇は起きた。

 忙しく動き回る中、先の戦で多くの魂を取り込んだカエルムは、王となってからもその身の中で禁忌の力に染まった魂を浄化し続けていた。父王カタストの魂も例外なく、カエルムによって浄化されるはずであったが、その魂は奥深くまで侵食されていた為、どの魂よりも長くカエルムの中にあった。カエルムの中にありながらも、強い執念を持っていたカタストの魂は、逆にカエルムを支配しようと動き出した。その身の内でカタストと再度の攻防を繰り広げるカエルムは、彼が何故、禁忌に手を出してまでも国を豊かにしようとしたのかを知ってしまった。


『我が子カエルムに、豊かな国を。民の暮らしを楽にしたい』


 それは、子を思う、民を思う純粋な願いであった。父であった人の切なる願いは、彼の人が撃たれる事で叶ったのだ。その事実にカエルムは、涙した。

 途端、突然膨れ上がったカタストの魂は、濁流のごとくカエルムをその存在ごと飲み込んだ。全てが飲み込まれる寸での所でカエルムの意識は踏みとどまったが、既にその存在は魔物と同等になっていた。


 先の戦いでカエルムが手に入れた魔力は膨大過ぎた。そのため、女神たちでも彼の存在を浄化する事は叶わず、女神たちの力を合わせる事でどうにかその魔力を抑えるだけとなった。

 魂の浄化には時間がかかる。まして、魔王の魂をその内に抱えたままのカエルムのそれは、気が遠くなるほどの時間が必要だろうと思われた。浄化が終わるまでに、再度、魔王の魂に飲まれる事があれば、今度はカエルムが新たな魔王となるだろう。それは何としても防がなければならない。


 浄化をするための生の繰り返し


 それが女神たち、そしてカエルム自身が出した結論だった。何時か、カエルムとその中に在る魔王の魂が浄化されるまで、カエルムは彼自身を保ったまま生きて行く事ととなった。


「それが今はクラヴィスとして生きる俺だよ」


 皆、一様に言葉を失っていた。先に一部を聞いていたフォルテとウェルスでさえ、告げられた真実の物語に閉口している。


「いうなれば、神子と女神の加護を受ける者たちは、カエルムの監視者だ」


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