第52話 想起-12
サンクティオの王宮の物見台からは王都が一望できる。
昔、魔物たちに焼かれたその場所は、そこに生きる人々の手で復興された後、長い時間をかけて発展をしてきた。同じ様で、やはり違う景色だが、星の瞬く夜空はきっとあの頃と変わらないでいる。
あの日、この身を貫いたのは、深紅の持つ剣だった。そのまま塵となり消えていくつもりだったのに、抱え込んだ魔物の魔力の大きさに魂の浄化は叶わず、魔王の核が残ってしまった。結局、再度、浄化のための生を繰り返すことになったが、魔王の核が切り離せたことは良かったのだろう。
あれからもう何度目かも覚えていない生に、終わりを迎えられる日はいつか来るのだろうか。
「カエルム」
「フォルテ……そうか、記憶を得たんだ」
「けれど、君がそうだとはリリーは教えてくれなかったよ。だから、今のは賭けだったんだけど」
「あぁ、これはやられたってやつだ」
振りむいたクラヴィスは星明りを背にしていて、フォルテからはその表情は上手く読み取れない。抑えることのできないゆらりと彼を取り巻く靄のような魔力は、魔物と同質のものだろうか。どこか彼が変わってしまったと思ったのは、魔力の変化だったのかも知れないと、今ならフォルテも分かる。
「僕が封印石を砕いてしまったから……? 」
「そうだけど、でも、それだけじゃない。もともと奴らは俺を探していたんだ。魔王になれる魂の持ち主であるカエルムをね。だから、あの場所で魔物たちが襲ってきたのは、俺を探すためだ。そして、もう一つの『カギ』のウェルスを見つけた」
「魔王になれる? ウェルスがもう一つの『カギ』ってどういうこと? 」
「待って、フォルテ、これは当事者でもあるウェルスも知るべき話だ」
そう言ってフォルテに近づいたクラヴィスはそのまま彼の横を通り過ぎ、物見台の階段から下を覗いた。
「気付いてた……? 」
「フォルテがここに上ってすぐに、君も来ただろう? 」
そうクラヴィスが微笑みかけて道を譲ると、困った顔をしたウェルスも物見台へ上がってきた。
「詳しくは、皆がちゃんといる時に落ち着いて話をするとしよう。だから、今回の事に関わること、それは共有しておかないとね」
それほど広くはないその場所に、壁を背に座ったクラヴィスに倣って二人も彼の両隣へ座った。三人で居るのは少し窮屈な気がしたが、冬の終わりの寒い冬の夜には触れた肩から伝わる互いの体温がより心地良いと感じた。
「俺は、魔王の息子だから……正しくは、魔王の息子の魂を持ったままずっと生を繰り返している存在。魂に年齢があるのだとしたら……もう覚えていないな。魔王が唯一の後継として選んだ存在だから、その力を引き継ぐことが出来る。だから、魔物たちは自分たちの王を取り戻そうと俺を探して、新しい王にしようとしている」
淡々とそう話すクラヴィスの瞳はまっすぐ前を見ているが、その実、もっと遠くを見ているようだった。そんな彼を前に、驚きのあまり言葉を失うのは本当なんだ、と他人事のように思うフォルテにくすりと笑ったクラヴィスは、話を続けた。
「そして、もう一つの『カギ』。前に魔物の勢力が増してルーメンを脅かしたことがある。それが起因となって冬石が作られ、女神たちの加護を受けた者が生まれるようになった。その時のことが、記憶として加護を受ける者たちに残されている。それはいいかな? 」
窺う様に見やるクラヴィスに頷きを返したウェルスは、ぐっと握った掌にじわりと汗がにじんでいくのを感じる。
「その時、漸く俺の魂から魔王の核を取り出すことが出来たけれど、それを他の魔物と同じ世界に閉じ込めることは出来ない。そこで、魔王の核を閉じ込める檻を作って、魔物とは違う世界に閉じ込めた。外側を琥珀が、内側をティアナが維持をしている。何時か、それを完全に浄化できるようになるまではそこに入れて置けるように……」
それは、玉を通じて共有された神子と女神たちの記憶の通りだ。
ウェルス自身、どこか自分が部外者のように感じていた今回のことが、身近になって来たのはゲンティアナの神殿で魔導書を手に入れた時からだ。時折、夢に見るようになったあの神殿での出来事や、見知らぬ景色の中で見知らぬ人々と話す場面。ずっと、それがティアナの記憶だと思いたい気持ちと、そうではないと否定する気持ちの中で揺れ動いていた。
「長い時を経て、ティアナは漸く自分の力を受け継ぐ資格を持った存在を見つけた。それがウェルス、君だよ」
「でも、俺は何も、魔導書の使い方すら知らないのに」
「君はまだ資格を持っているだけだからね。他の女神たちが人と同じ存在になり、人々の中に溶け込んだように、ティアナの存在も君と溶け込めるようにしなくていけない。ただ、その方法は俺にも分からない。まだ記憶を得ていない……恐らくリデルが知ることになると思う」
ゲンティアナに着いてから、急激に動き始めた運命の歯車は、どんなに戸惑いを抱えようとも待ってはくれなかった。
「今日は、ここまでにしよう。明日の出発は早いからね」
そして近づく結末の始まりもまた、すぐそこに来ていた。
全ては、明日、アカデミーにいた仲間と合流してからのこととなる。
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