第53話 交戦-1


 朝早くにサンクティオの王都を出発した騎士団は、クラヴィスを先頭に、一路、ネブラの森の手前にあるマラキアを目指していた。

 途中、マラキアに出した遣いはやはり成果を得られず、折り返してきたところで合流する事となったが、クラヴィスにとっては想定の内であった。寧ろ、それが狙いであったのだから、結果は上々という所だ。先触れを出した事で、騎士団への警戒も多少は和らぐだろう。そして何より、マラキアの人々が、自分たちが到着するまでの時間、思案する事が出来る。

 魔力の高いゲンティアナの民が、彼の森と隣り合わせの距離に居て、魔物の動きを感じられない訳がない。ただ、そこは戦いを好まない民族性だ。実害がなければ、仕掛ける事はしないが、騎士団が来たとなると、どうなるだろう。決め手は、やはりソリオの存在になるだろうか。


 ゆっくりと馬を進めながら思考に沈んでいたクラヴィスの下へ、ふわふわと精霊が近づいてきた。馴染みのある魔力を纏った精霊に手を差し伸べるが、何時もならば掌に降りるそれは、ゆらゆらとその身を揺らすと飛び去って行った。見た目をどんなに取り繕っても、その内にあるものは彼らには隠す事は出来ない。精霊が飛び去った方向を見やり、一瞬だけ悲し気な表情をしたクラヴィスは、その場で止まる事を決めた。


「リテラートたちは後ろから来ている。まもなく合流できるだろうから、少しこの場で待とう」


 トルニスから指揮を任されたとはいえ、ただの貴族の子供であるクラヴィスの指示に、騎士団の面々が不満を抱く事はなかった。

 出発までの数日、騎士団の詰所で彼等と共に鍛練を積んだクラヴィス。それこそ、最初はただの子供という扱いであったが、誰よりも真摯に取り組む姿に彼のことを認めざるを得なかった。その土台に、彼を撃たなければならない可能性への情があったのは否定できないが、ならば、そうならない未来をと誰もが思うような何かを彼は持っていた。

 一行がリテラートらを待つこの位置から北を見れば、遠くネブラの森が見える。ゲンティアナの中でも西部に位置するそこは、サルトスに続いて春の息吹が訪れる地域でもあるが、今だ冬のようなどんよりとした雲が空を覆っていた。そんな暗い空を見つめていたクラヴィスは、ギリッと奥歯を噛み締めた。ネブラの森へ近づくにつれ、気を抜けば飲まれてしまいそうなほど、自分の中の魔物の魔力が呼応しているのが分かる。


「クラヴィス、待たせた」


 不意に自分の中の重苦しさが引いたと思えば、後ろからリテラートの声がした。

 振り返ると、ティエラ以外のアカデミーを護っていた面々が共にこちらへ向かっていた。


「早かったね。合流は村の手前になるかと思っていたけど」


 普段はアカデミーの警備をするオレアの民が、ここまでリテラートらの護衛として就いていた。リデルを通じてその道のりに問題が無かったことを確認すると、アカデミーに戻る彼らと別れ、再度、一行はマラキアを目指して動きだした。


 マラキアの入り口が見えてくるとソリオがあっと声を上げた。そこに佇む姿にきゅっと唇を引き締めた彼は、馬の足を速めるとクラヴィスに先に行くと告げて追い抜いていった。幼い頃に村を出たと聞いたが、彼の記憶の中と相違ない姿があったのだろう。あわてて馬を降りるソリオの姿に、誰ともなく、皆が馬の歩みをゆっくりとした。しっかりとソリオを抱きしめた彼の両親の瞳には光るものがあった。

 両手放しとはいかないが、一行は温かく迎えられた。ネブラの森の事はやはりマラキアとしても警戒していた。しかし、魔物の規模が分からない状態で下手に手を出せばこちらの方が壊滅的となる可能性もあり、実害がない今は様子を見ていた。そんな中で騎士団を迎え入れれば、魔物たちの敵意がこちらに向く可能性もあり、協力を躊躇していたという。


「去り際の使い殿の言葉が我々の心を動かしました」


 そう微笑んだのはソリオの母だった。彼女の祖母が長老一族の出だったそうだが、アカデミーで出会ったサルトスの男性と恋に落ち、一族の反対を押し切って共に歩む事を決めたのだという。


『これを機にソリオ様が里帰りをしたとして、それがルーメンの為であるならば誰も咎めますまい。また参ります故、どうか再考をお願いします』


「春になるまでに決着させねばなりませんでしたから」


 了承を得られなかったらそう伝えるようにと指示したのは、クラヴィスだった。訪れるのは騎士団だけではなく神子や女神の加護を受けて者もいると、ましてその中にソリオもいると暗に伝えれば、マラキアは開かれるだろうという打算があった。


「あのように言われましたら、我が子に会いたい気持ちが膨らんでしまいます。それに、ソリオはこの村の宝ですもの。それなのに、今までなんにも力になれなかったんです。これを逃したら女神さまにも叱られてしまいますわ」


 愉快そうに笑うソリオの母は、彼とよく似ていた。


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