第51話 想起-11


 リデルたちがミルとの邂逅している頃、カーティオは中庭で精霊たちの言葉に耳を傾けていた。

 彼らはカーティオの魔力と引き換えに有益な話を聞かせてくれるが、どれだけ聞いてもクラヴィスのことだけは教えれくれなかった。ただ、彼の魔力の源については怯えるそぶりを見せる。

 カーティオ自身も感じた、強い魔物の力。暁の神子が持っていた記憶は、前にルーメンが魔物に脅かされた後のこと。恐らく、神子自身が降りたのが全てが終わった後だったのだろう。知っているとしたら陽光の神子と、神子と共に戦った女神たちだろうが、女神たちの記憶はそれぞれに関わる事ばかりだった。残るリテラートが得る陽光の神子の記憶に期待するしかない。

 すると、急に精霊たちが沈黙し、その姿を散らしていく中、リテラートが堅い表情でこちらに歩いてくるのが見えた。


「カーティオ、少し、良いだろうか」


「あぁ、大丈夫。ちょうど精霊たちの噂話にも切りが付いたところ」


 ありがとうと隣に腰かけたリテラートは、口を開いては閉じを繰り返す。言いたい事はあるのに迷っている彼の様子に、カーティオは優しい声音で問いかけた。


「クラヴィスのこと? 」


 こくりと頷いたリテラートは、自分を落ち着けるようにほぉっと息を吐いた。覚悟を決めてカーティオを探していたはずなのに、いざその時となると中々踏み出せずにいたが、それでは何も始まらない。ただ、決定的な言葉を使うのは少し怖かった。


「カーティオは、クラヴィスは『カギ』だと思うか? 」


 漸く出た言葉は余りに抽象的で、思わず自嘲の笑みを浮かべたリテラート。それでも、問われたカーティオは決して笑うことなく、すっと表情を引き締めて、しんっと冷えた空を見上げた。


「『カギ』もしくは、それと相対するもの」


 その表情と同じ少し硬い声は、暗い中庭の中に消えていく。


「クラヴィスの解放された魔力は、魔物のそれとよく似ている。いや……そのものと言っても間違いはない。彼という存在が何なのか、それは多分、リテラート、君が知っているんだと思う。残念ながら俺が持つ暁の神子の記憶は、全てが終わった後だ。けれど、魔物と戦った陽光の神子ならおそらく……」


「陽光の神子の記憶か……」


 それがあれば、クラヴィスが何者か、自分たちがどうするべきか分かるのだろうか。


「俺は、クラヴィスを撃ちたくはない」


「それは俺もだよ、リテラート。ただ、現状では、クラヴィスの魔力が暴走しないことと、君が神子の記憶を得ることを願うしかない」


 口を噤み、リテラートが無意識に触れた剣の柄は空気と同じく冷たい。再度、静まり返った中庭に降り注ぐ星明りは、ほんの数か月前と何も変わらないのに、自分たちを取り巻く状況は全く違ってしまった。神子だとか、女神の加護を受ける者だとか、そんなことを大して意識せずに笑い合えた日々が酷く遠いもののように思える。もうしばらく、アカデミーにいる間は、ただの子供同士として過ごしていけると信じていたのに……と。


 

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