第49話 想起-9
「ごめん……クラヴィス」
目の当たりにしたものから目を背けるように瞳を閉じたフォルテが呟いた言葉は、ウェルスによって拾われた。
「フォルテ、気分はどう? 突然、倒れたからびっくりした。クラヴィスを呼んでくる? 」
ウェルスの問いかけに身体をビクリと震わせたフォルテは、黙って首を横に振った。今のこんな気持ちで、どんな顔をして彼に会えばいいのか分からなかった。ティアナが居たら……と、フォルテが思った時、視線の先にウェルスが持つ魔道書があった。
「ねぇ、ウェルス。君は停滞の力を使える? 」
「えっ……それってティアナの力でしょ? 」
「そう、だから、使えるなら君がティアナの加護を受けてるってことになる」
「フォルテ……俺もそうだったら良いとは思うけど……」
ソファの上、ぐっと詰め寄ってきたフォルテに、ウェルスは魔導書を抱えて後退った。
今回の全ての始まりは冬石に亀裂が入った事だ。その冬石はティアナが作ったもの。自分がティアナの加護を受ける存在であったら、冬石も、魔物のことも全て解決できるんだろうか。そう思っていても、今の自分にはこの魔導書を抱える他に、術がないこともウェルス自身が良く知っていた。
「フォルテ、ウェルスが困ってる」
その時、聞きなれた声がして扉の方を向いた二人。その扉に背を預けたクラヴィスは、困ったような顔をしていた。
「だって……」
「トルニス様がお呼びだよ。皆で出発の話をしよう」
魔力を抑えられないからなのか、この数日で急に大人びてしまったクラヴィスの姿からフォルテは目を背けたまま頷いた。
クラヴィスに連れられて入ったのは、やはり玉の部屋だった。数日前と同じ顔触れが揃った部屋には、前回のような重苦しさはなかったが、その代りにピリリとした空気が流れていた。
「魔物の住処はおおよそ特定できています。位置はゲンティアナとサルトスが交わる辺り。ネブラの森にあるようです」
ネブラの森は、遠い昔より、異界に通じる道があるとされている場所だった。何時も深い霧に覆われた森は、暗く、旅慣れしている商人ですら避けて通るくらいだ。
「出立は明日、急ではありますが、時間がありません。合流地点はサルトスとサンクティオの境、ゲンティアナ西部にあるマラキアの村で。既にマラキアには遣いは走っております」
「手際がいいなクラヴィス」
「ただ、マラキアは外部との交流があまりなく、また、争いを好まないゲンティアナの色が濃い村でもありますので、滞在を認められるか……」
うむ、と唸ったトルニスは、玉の向こうにいるソリオを見やる。その視線を負う様にリテラートもまた、後ろにいたソリオへと向いた。
「ソリオ……行ってくれるか? 」
マラキアはソリオの生まれた村だった。しかし、彼が村で過ごしたのは、幼少期のほんの数年の事だ。今でも両親はそのまま村にいるはずだが、彼は王宮へ上がるための教育としてノイアの一族に引き取られてから一度も故郷の地を踏んではいない。
村を出る日、自分を手放し見送りにも来なかった両親を悪く思ったこともあったが、今では仕方のなかったことだと分かってはいる。それでも、何事も無かったかのように帰ることなど出来そうにない。それに、今は、アカデミーを護る役目を負っている。
「俺はアカデミーを護らないと」
その時、ソリオ、と彼の名を呼んだのはシルファだった。
「アカデミーは私とティエラに任せてくれないか? この森を護るのは、次代の女王である私の役目でもある。それに……マラキアとの橋渡しはソリオ、君にしか出来ないことだ」
頼む、と頭を下げたシルファに慌てて歩み寄ったソリオは、逡巡して分かりましたと答えた。
「今回の指揮は全てクラヴィスに任せておる。だが……もしもの時は、リテラート、そなたが指揮をとれ」
それはすなわち、クラヴィスがルーメンの脅威となった時、彼を撃てとリテラートが命令するということだ。そんなことにならなければいいのにと、誰もが思うのに、それが無いと言い切れる者もここには居なかった。
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