第48話 想起-8

 フォルテが瞳を開けると、見覚えのある景色が広がっていた。

 たった今まで自分はサンクティオの王宮にいたのだから、メディウムにある神殿にいるはずはない。だからこれは現実ではないとすぐに分かった。それを裏付けるように、腕輪の祀られていた祭壇はなく、その代わり、部屋の奥には玉座が置かれていた。

 女神の加護を受けているといっても、フォルテ自身は自分の中に女神の存在を感じたことはなかった。それ故に、今見ているのが過去のものなら、本当に女神は居たのかと思う、その程度だった。しかし、これがなんにせよ、自分は戻らなければならない。自分の元に腕輪が届いたからには、早ければ明日にでも出発するはずだ。春になり、魔物たちが身を潜めてしまう前に、憂いの芽を摘まなければ、人々はまた、冬になる度に魔物に怯えて暮らさねばならなくなる。これが女神リリーの作り出したものなら、早く帰してくれと願った。


「カエルム待って、どういうことよ。封印石を砕くって」


 ため息を吐きたい気分で周りを見渡した時、人の声と足音が聞こえてきた。


「リリー、その名を口にしては駄目だよ。私はもうこの世にはいないはずの人間……いや、もう人ではなかったか」


 そう言って自嘲気味に笑った青年はカエルムというらしい。そして、彼に詰め寄るのは女神リリー本人だろうか。


「そんなことどうでもいいのよ。封印石を壊したらあなたは魔物に…… 」


「完全にそうなる前に、取り込めるだけ取り込む。そして、民に害をなす前に深紅が私を撃つよ」


「深紅は納得したの?  」


「話してない」


「なっ……そんなの駄目よ」


「でも、瑠璃の居ない今、考えられる最善だ」


「瑠璃が生まれる周期が一番長いから……神子が二人居ただけでも良かったわ。琥珀が子供たちを護れそうだから。それでも、深紅の涙は見たくないのだけど……」


「リリー、すまない、嫌な役回りをさせて」


 何処かで聞いた話だなと、まるで他人事の様に聞いていたフォルテの頭の中に、断片的な場面が浮かんでは消えていく。凄惨な魔物との戦い、焼かれるサンクティオの王都、経験したことのないそれらが、女神の記憶というものかと、理解した。そして、次にフォルテの意識が降り立ったのは、ゲンティアナの神殿だった。あの時、ウェルスに重なって見えた髪の長い女性の姿が、今ははっきりとしていた。


「リリー、これを」


「封印石? 」


「王は深紅の手にかかることでご自身の浄化を望んでいる。けれど、重ねた時の中で大きくなり過ぎた王の中の魔物の力を完全に浄化することは出来ないでしょう。そしてまた、終わりの見えない生を繰り返す……だから、これがまた必要になる」


「そんな……」


「私が檻に入っても、王が魔に飲まれてしまわないように、どうか」


 そう言ってリリーの手の上に置かれた封印石は、クラヴィスが持っていた剣にはめられていたものと同じもののように見えた。あの封印石がリリーから与えられたものだとして、クラヴィスは一体何者なのか。それまで冷静に見ていたはずなのに、クラヴィスが関わっていると思い始めたら急に心が揺らぎ始めてしまった。

 あの封印石は自分が砕いてしまったのに、あれが無ければ『王』は魔に飲まれてしまうという。『王』がクラヴィスと同等の存在だとしたら、彼は魔物に侵食されているのだろうか。だとしたら、だとしたらクラヴィスを助ける方法は……もう……。


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