第38話 遭遇-11
彼の剣幕に手を引かれるままついていく二人は、フォルテの後ろで顔を見合わせた。ずんずんと音がしそうな勢いで歩くフォルテは、どうやら神殿の方へ向かっているらしい。
「えっと、フォルテ、神殿に向かってるのは分かったけど、説明してくれると有難いかなぁって」
「僕が一人で出かけたのを知ったリテラートが、帰ったら玉を繋げって言ってたらしいから、成果を見せに行く」
「あぁ……なるほど」
結局そのままの勢いで、通信玉の部屋に入った三人は、知らせを受けて既に繋がれていた玉の前に立った。アカデミーと繋がったその先には、久しぶりに顔を見る仲間たちが居て、触れる距離にいなくてもその存在にウェルスはほっとする。
「クラヴィス、ウェルスも無事だったんだね。良かった」
「カーティオ……心配かけてごめん。後、予備の水晶使っちゃった」
「それは構わない。とにかく、君たちが無事ならそれでいい」
「だがフォルテ……誰にも告げずに一人で出かけた事は褒められる行為じゃない」
「分かってる。実際、何もなかったとは言えない。でも、リテラート、お小言はアカデミーに帰ったら聞くから、まずは僕の話を聞いて」
アカデミーとこちら側でにらみ合うような二人の雰囲気に、周囲は押し黙り行く末を見守った。しばらくして、ふぅっと息を吐いたリテラートが分かったと告げた事で、フォルテもまた纏った空気を和らげる。しかし、すぐに表情を引き締めて自身の経験したことを話し始めた。
フォルテの話を聞き終えた一同は、それぞれの思う所で考えているのか、一様に押し黙っていた。皆と同じように考えていたリテラートは、玉の向こうの三人を見つめる。
「フォルテの話からして、魔物たちが探してるのは、ウェルスかクラヴィスか、そのどちらかであるのは間違いない。魔物たちの言う『カギ』が何をもたらすのか分からないこの状況で、サンクティオの結界から出るのは避けた方が良いな。少なくとも、春が来れば魔物たちの力も弱くなるはず。そうしたらアカデミーに帰って……」
とりあえず、二人の身に危険が及ばない方法を考えていたリテラートは、結界の中、まして王宮の中ならば魔物たちが侵入してくることもないだろうという結論に至った。それが今考えられる最善だとその場にいた誰もが思ったであろう。
「そうだけど、このまま隠れてるだけじゃ物事は良くも悪くもならないんじゃない? この冬はそれでやり過ごせるとしても、来年は? その先は? 俺とウェルスはずっと冬の間隠れて過ごすの? 」
「おい、クラヴィス……」
それに異を唱えたのはクラヴィスだった。
クラヴィスの口調は落ち着いて、決して感情的になったものではない事は窺えるが、傍に居たウェルスがその手を引く。
「だが、今の状態で何が出来る? 冬石の問題も解決策が見えていないんだ。むやみに動いて取り返しのつかない事が起きたらどうする」
「そうだね。だから、俺が魔物の住処を探しに行く。一介の貴族の俺に何かがあったとしても、国は、ルーメンは揺るがないけど、皆は違うだろう? 」
真っ直ぐに自分を捉えるクラヴィスの視線を玉を通してリテラートは正面から受け止めた。いや、逸らせなかったというのが本当だろう。何時ものようにふざけて皆を笑わせるクラヴィスはそこには居なかった。
「そんなこと」
「無いとは言わせないよ。皆が神子や女神に連なる者であること、それは事実だ」
そう言ってクラヴィスの取り出した水晶は、闇を移したような黒で染まっている。後ろでひゅっと息を吸って口を覆ったカーティオと、ぐっと胸元を抑えたティエラにちらりと視線を移したリテラートだったが、すぐに玉の向こうのクラヴィスを見やる。
「それを使って何をするつもりだ」
「魔物の気配を辿る。俺の身体に入った魔物は、俺を操って『カギ』を探そうとしたんだろうね。最初はとにかく操られない様にするのに必死で、自分の身体を眠らせる事しかできなかったけれど、ウェルスが注いでくれた魔力と、フォルテが俺の封印石を砕いてくれたおかげで、魔物を追い出せた。そいつは今、この中に閉じ込めてある」
「クラヴィス、ダメだ! やめて……お願い」
「大丈夫だよ、カーティオ。歴代のマスターの中でも一番のカーティオが作った入れ物なんだから。それに、ウェルスにも手伝ってもらって、檻は三重にしてある」
ただ、と言葉を切ったクラヴィスは、手にしていた黒い水晶を仕舞うと、自分の両手を見つめて瞳を閉じる。
「今の俺は魔力を調整できない。だから、もし……暴走をしてしまったら……皆を傷つける前に俺を殺して」
そう言って笑ったクラヴィスに、誰もが掛ける言葉を見つけられず、ただ息をする音だけが聞こえた。
「僕もいく」
ぐっと拳を握りしめたフォルテが、下を向いてポツリと呟き、次にはクラヴィスに詰め寄る。
「一人では行かせない。絶対に、一人でなんて行かせないから! 」
「ここまで一緒に旅してきた俺を置いて行くとか言わないよね? 」
フォルテの後ろでウェルスも不敵な笑みを浮かべるのをクラヴィスは困ったように見つめていた。連れていけないと言わなければいけないのに、二人の気持ちが嬉しいと思ってしまった。
「待て、二人とも」
「リテラートに何と言われようと、僕たちはクラヴィスと一緒に行くから! 」
玉の向こう側から掛けられた言葉にフォルテは、より一層、クラヴィスにしがみついて叫んだ。
「フォルテ、分かったから、まずは落ち着け。俺達だって、クラヴィスを一人で行かせるつもりはない。けど、今、何の準備もなしに行くのはダメだ。ウェルスも……クラヴィスも、少し、俺達にも時間をくれないか。出来る事なら今すぐそこに駆けつけて、共に戦いたい。けれど、アカデミーにいる人たちも護らなくてはいけない。とにかく、俺たちにも出来る事を考えさせてほしいんだ」
「そうだよ、俺達だって、三人の仲間だと思ってるんだけど? 」
「そうそう、忘れてないよな? 俺たちの事」
久しぶりに聞いたリデルとソリオの声に、フォルテはクラヴィスを掴む手を緩めて振り返った。改めて玉で映し出された五人の姿を認めたフォルテの視界が歪んでいく。咄嗟に俯いた彼の足元に、ポタリと雫が落ちた。
「フォルテ? どうしたの? やっぱりどこか怪我して」
あわてて膝を付いたクラヴィスは、フォルテを見上げてその頬を伝う涙を拭うが、次から次へと流れる涙は止まらない。
「違う……ごめん、クラヴィス、僕……」
ぽたぽたと溢れる涙を流しながらも、声を押し殺したフォルテの姿に、クラヴィスはその手をぎゅっと握る。
小さな頃は泣き虫だったフォルテが人前で泣かなくなって久しい。後継としての重圧、出来過ぎる兄の存在、周りの大人たちはフォルテの感情などお構いなしで押し付けてくる。
クラヴィスが夜に二人の部屋を出ていたのは鍛錬のこともあったが、そうしてフォルテを一人にしてやることで、時折訪れる感情の波にフォルテが素直に従えるようにするためだった。そんな夜は、部屋に戻ると泣き疲れて寝てしまったフォルテが居て、クラヴィスはその涙を拭えない自分を不甲斐なく感じていた。
「大丈夫、ゆっくりでいいから」
ずっとそうやって自分を律してきたフォルテが、皆の前で涙する程の事だったのだろう。それでも、皆の顔を見て安心したのなら、彼にとって何時ものサロンに集う仲間たちが心の許せる存在になっている事の証明のようで、クラヴィスもどこか誇らしい気持ちにもなった。
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