第37話 遭遇-10
フォルテが衛兵たちと合流する少し前の事。薄暗がりの中で目覚めたウェルスは、窓辺に立つ影を認めた。
「代わりを作らないと……」
聞きなれた声にほっとしたのも束の間、その姿を覆う様にかかる黒い靄に身を固くする。
「……クラヴィス? 」
振り返ったクラヴィスは、自分を捉えるウェルスの怯えた様子に、両手を見つめ、溜息を吐くと悲し気な笑顔を浮かべた。
「そうか……やっぱり、こうなっちゃうんだ」
「クラヴィス、なんで……俺の所為で? 」
「違うよ、ウェルス。これは君の所為じゃない。俺が、俺である限りどうしようもない事なんだ。だから、ごめんウェルス、心配しないで」
なおも詰め寄ろうとしたウェルスに、もう一度、ごめんと告げたクラヴィスは手でウェルスを制すると自分の荷物を指さした。
「ごめんついでに俺の荷物から水晶を取ってくれないかな? カーティオからもらったお遣い用の予備があるんだ。それと灯りをつけてくれると嬉しい」
腑に落ちないながらも言われるように部屋の明かりを灯し、クラヴィスの荷物から水晶を取り出したウェルスは、振り返った先にいたクラヴィスの姿に目を見開いた。
「なっ……クラヴィス、その姿……え? 」
明るくなった今、先程見た黒い靄は気のせいだったのか、彼を取り巻くものは何もなく、その姿がはっきりと見える。しかし、そこに居たのは、見慣れた姿ではなくクラヴィスの面影を残す青年だった。
「えっと、多分、すぐ戻るから、大丈夫。多分だけど」
唖然と立ち尽くしているウェルスの下へゆっくりとした足取りで近づいたクラヴィスは、その手にあった水晶を受け取る。女神の加護を収める為のものだから、本来なら三つで良かったが、クラヴィスは予めカーティオに頼み込んで予備としてもう一つ用意してもらっていた。何もなければそれでよし、もしもの時は、こうして使えるようにと…。
「過ぎた魔力は人には毒なんだ。それを抑え込むために相性のいい宝玉を持っているんだけど、どうやら砕けてしまったみたいでさ。すぐには作れないから、とりあえずこれで代用。ちなみにカーティオも大概だけど、彼の場合はそもそも存在が違うし、守護石がその役目もしているんだろうね」
「そういう話は聞いたことはあるけど、初めて見た。そんな、姿も変えてしまうものなのか? 」
「抱えた魔力の大きさにもよるけれど、その魔力を維持する為に成長を早めて対応しようとするんだ。器としての身体を成熟させるのが一番手っ取り早いから。当然、寿命もそれだけ短くなる。マスターレベルの魔術師たちが短命なのは、魔力の解放と命を引き換えにしてるんだよ」
ウェルスに説明する間もクラヴィスが手にした水晶へ魔力を移していくと、まるで透明の器に液体を流し込むようにクラヴィスの魔力で染められていく。水晶の中でゆらゆらとしていた魔力は、だんだん色濃くなり、透明だった水晶は漆黒となっていた。
女神の加護の様に人の魔力に色があるのだとしたら、クラヴィスは空を移したような色ではないかとウェルスはなんとなしに思っていた。だが、目に映る形でそこにあったのは、向こう側が透ける事のない底なしの黒だった。その事実にそこはかとなく恐怖のようなものを感じたウェルスは、言葉を失くして黒く輝く水晶を見つめた。
「流石、カーティオの魔力で加工してあるだけあるね」
「どういうこと? 」
「女神の加護という力を失う事無く持ち帰る為に、カーティオはこれを魔力で覆って外に力が漏れる事が無いようにした。いわば、これは魔力の檻みたいなものだ」
くすりと笑った大人の姿をしたクラヴィスの表情は、驚くほど冷たい。その表情を見つめ、この僅かな時間の中で見たどれが一体本当のクラヴィスなのだろうとウェルスは考えた。アカデミーを出てから共に旅をして、それまでよりも濃い時間を過ごしていても、やはり彼の事を知らなさ過ぎて、答えは出そうにない。
「ウェルス、ちょっと手を貸して」
「え、あ……うん」
言われるままにウェルスが渡された水晶を持つと、その上からクラヴィスが手を重ねる。黒い水晶はひんやりと冷たい、しかし、重ねられたその手は暖かく、先程の冷たい笑顔など無かったかのように思う。
「この身を糧に時に鎖を、檻に鍵を」
クラヴィスによって囁くように唱えられた言葉で、ウェルスの掌がほんのりと温かくなり、その温かさが水晶に吸い込まれていった。それと同時に、重ねられたクラヴィスの手も幾らか小さくなったように思い、ウェルスは水晶から顔を上げる。
「ありがとう、助かった」
そこには元の姿に戻ったクラヴィスが居て、何時ものように柔らかな人好きのする笑顔を浮かべていた。
「クラヴィスの魔力だけでいけたんじゃ」
「そこは、魔力の質的な問題だよ。ウェルスのと俺のは真逆のものだから、より強固に出来る」
「そういうものかなぁ」
「現に、ほら、俺の姿も戻ったでしょ」
それで納得したかというとそうではないが、とにかく、クラヴィスの姿が元に戻った事、何より彼とこうして言葉と笑顔を交わせる事でウェルスは頷きを返した。
「フォルテもそろそろ帰ってくるよ」
「あっ、そうだフォルテ。どこ行ったの? 」
「多分、魔物討伐」
えっ、と聞き返すウェルスにクラヴィスが、フォルテの残した書置きを渡す。
『クラヴィスを起こすてがかりを探してくる。すぐ戻るから』
「俺が目覚めたのは、きっとフォルテのおかげだよ」
「でも、一人で行くなんて……」
「そうだね、それは怒ってもいいかも」
すると、廊下の方がにわかに騒がしくなり、程なくしてフォルテがため息と共に扉を開けた。
「あぁ、ウェルス、起きてたんだね。気分は……クラヴィス! 」
灯りがついていることでウェルスが起きたと判断したフォルテが声を掛けなが部屋の奥へと進むと、ウェルスの隣にしっかりと立っているクラヴィスを見つけて駆け寄った。ペタペタと掌でその存在を確かめるように触れてくるフォルテにクラヴィスは苦笑いを返す。
「おかえり、フォルテ」
「おかえりって呑気な。どうやって起きたのさ。こっちは大変だったんだから! 」
「フォルテが助けてくれたんでしょ? 」
「そう、なのかな……」
「それより、魔物討伐に行ったって……」
えっと、と言葉を濁したフォルテが二人の視線から逃れるように横を向いた時、部屋の外からもフォルテを呼ぶ声がした。もう一度、大きなため息を吐いたフォルテは、何も言わずに二人の手を引いて部屋を出た。
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