第39話 遭遇-12

 しばらくしてようやく泣き止んだフォルテは、ふぅっと息を吐くと困ったような顔で微笑んだ。ありがとうと呟いたフォルテへ頷きを返し立ち上がったクラヴィス、釣られるように彼もまた顔を上げた。


「僕は怖いんだ。最後に僕が切った魔物は、まるで人のようで……その時の感覚がまだ手に残っていて、怖い」


 フォルテはその時を思い出すように、自分の両手を見つめる。

 自分の分かる言葉を話し、その姿は自分たちと大きく変わらなかった。群れを成してきた雑多な魔物とは、明らかに違う存在だった。今にも震え出しそうな身体を自分の両腕で抱きしめたフォルテは、両目を閉じて、それでもと絞り出すように言葉を紡ぐ。そして次には、何時ものような意志の強い瞳をクラヴィスに向けた。


「それでも、僕は行かなくちゃいけない。こんなところでクラヴィスを失えない。だって、約束したでしょ? 僕の代の近衛隊長は君がなるんだって。今、出来る事をせずに僕は君の王を名乗れない」


 その言葉に真っ直ぐに向かうフォルテの視線を受けながら、クラヴィスは自然と膝を付いていた。だがそれは涙を拭うためのもではなく、騎士が主君にするそれだった。


「騎士の正式な誓いは、その時まで取っておく。だから、今は、フォルテと皆に誓うよ。俺は生きて帰るために最善を尽くす。本当は絶対っていいたいけど、今は許して。えっと、だから……その為に、俺に皆の力を貸してくれる? 」


 跪いたままフォルテを見上げ、皆の顔を順に見ていくクラヴィスにそれぞれが頷きをもって返した。


「そうと決まれば作戦会議だね」


 ティエラが嬉しそうに破顔すると、ウェルスが待ってと声を掛ける。


「その前にフォルテを休ませてあげて。帰って来てすぐにここに来たんだろう? 」


 ウェルスがフォルテに近寄り、その顔を覗き込むと、泣いたせいもあるだろうがやはり疲れが滲んでいる。大丈夫だよと微笑んだフォルテだったが、玉の向こうではソリオが思い出したようにクスクスと笑い出した。


「そうそう、リテラートが心配で心配で堪らないって玉の前でうろうろしてさ」


「俺だけじゃないぞ、カーティオだって……」


「俺はフォルテの事、信じてたからね」


「え、ずる……」


 サロンでの何時もの光景を思い出させるようなやり取りに、早く帰りたいなとフォルテがぽつりと零した。

 ほんの数か月前は当たり前だった光景がいともたやすく失われた日常は、まるで遠い思い出のように感じた。冬石の事も、魔物の事も、全部夢だったらいいのになんて、何度思ったことだろう。けれど、これは現実で、自分がその最前線に立っている事もまた事実だ。

 そんな事を考えていると、頭の上に温かいものが乗せられた。立ち上がったクラヴィスが、フォルテの頭を笑顔と共に優しく撫でていた。


「ちょっと調べたいことも出来たから、次は二日後くらいでいいかな。フォルテも回復が必要だし、それくらいは余裕ありそうな気がするんだけど」


「分かった。それまでに俺たちも色々考えて置く。こちらの『宝探し』も大詰めだしな。じゃぁ、また二日後」


 クラヴィスの提案に、リテラートが了承して玉の通信は切れた。その途端、大きく息を吐いたフォルテがふらりと身体を揺らす。咄嗟に受け止めたクラヴィスがそのままフォルテを背負うと、よほど疲れていたのか、大人しくクラヴィスの背中に身体を預けた。

 神殿から王宮へ急ぎ足で戻る道すがら、フォルテはクラヴィスに背負われたままごめんと呟いた。


「それは、一人で出かけた事へのごめん? 」


「それもあるけど、クラヴィスの剣を勝手に持ち出した事と、宝玉を壊してしまった事に」


 一人で結界の外へ向かう時、ウェルスの歌のない自分の戦闘能力がどれくらい下がるか分からなかった事もあるが、クラヴィスの剣を持つことで彼の強さを分けてもらえるような気がした。決意をもって出かけたはずなのに、それでも正直、フォルテは心細かったのだ。


「でも、それで俺の魔力が解放されて、魔物を追い出せたんだから、結果的にはありがとうだよ」


 フォルテにとって、このクラヴィスの言葉は想定内だった。けれど、今、この時は強く叱られた方が良かったような気もしていた。


「やっぱり、クラヴィスは僕に甘すぎる」


 そう言って拗ねたように背中へ顔を埋めたフォルテに、クラヴィスは苦笑いを浮かべ、隣で歩いていたウェルスはくすくすと笑った。


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