第35話 遭遇-8


「俺は、というか、サルトスの神子は森と繋がっている。だから、神子の喪失は森が枯れる事を意味するんだ」


「繋がっている……て」


 その意味を汲み取る事が出来ないリテラートが、ティエラの表情から真意を読み取ろうとじっと見つめてきた。


「そのままだよ。通常、神子が亡くなれば、守護石は役目を終えて神子と共に無くなってしまうけれど、サルトスだけは神子がいなくなった後も守護石は残るんだ。森を護るためにね。そして次の神子が森を支えられるまでに成長すれば、漸く先代の守護石は森へと還る事が出来る」


 続きを聞いて困惑を含んだリテラートの視線を受け止めたティエラは、それまでの笑顔を崩すことなく続ける。


「無理な代替わりをすれば森を支えきれなくなるかもしれない。だから、カーティオは女神たちの加護をこのアカデミーに集中させて、先代の琥珀の時を止めようとしたんだろう? そうすれば、何が起こっているか分からないこの状況下で、俺が森を継がずに済むから」


 ヴェーチェルの話からも、神子と女神の末裔が血に刻まれた記憶を知るのは、今よりも歳を重ねた後なのだろう。だが、恐らくカーティオはもっと前、マスターの称号を受けた頃にはそれを知っていたのだ。


「今、サンクティオで冬石の為に施されている結界、それの簡易的なもので先代の琥珀の時が進むのを止めようと考えた。けれど、それを築くためにはカーティオの魔力だけでは足りなくて、礎になる何かが必要だった。最初は神子の守護石を使おうと考えたんだろうけど、それだとアカデミーの守護結界を維持する事が難しくなる。だから、クラヴィスに女神たちの加護を収めた水晶を作る様に依頼し、守護石の代わりにしようとした」


 そうだよね、と問われたカーティオは、じっとティエラを見据えた後、ふいっと視線を外した。


「別に、ティエラの為じゃない」


 まだ幼かっただろうカーティオが継承権を放棄したのは、後にそれを知るであろうフォルテの事を考え、フォルテがカーティオに全てを背負わせてしまったと考えない様にだ。それが分かっているから、ティエラとて皆に全てを話してカーティオの気持ちを踏みにじるつもりはない。けれど、カーティオのやろうとしている事が一人で背負っていいものでもないと、ティエラは思っている。


「カーティオ、分かってる。けど、やっぱり君は優しすぎるよ。俺はちゃんと森を継ぐことが出来た。もっと早くそうしていればって今は思うよ。だから、水晶は琥珀の為じゃなくて、アカデミーの為に使えばいい」


 そこまで話すとティエラはほぉっと息を吐いて、すっかり冷めてしまっていたコーヒーを口に運んだ。もう香りも飛んでしまって苦みだけとなってしまったそれが、今は気持ちを酷く落ち着かせた。ティエラの隣でじっと話を聞いていたリデルが、カチャリとティエラがカップを置いた音にはっとしてカーティオを見る。


「じゃぁ、その女神の加護を集めた水晶が魔物を引き寄せたって事か? 」


「状況だけを見ればそうだと考えられるよね。女神の加護、もしくは、強い魔力……っ」


 冷静を取り戻したように見えたカーティオが、リデルの問いかけに答えたが、それをすべて言い終える前にまた席を立つ。


「もう一度、サンクティオと玉を繋いで! フォルテが何処に居るか確かめないと」


「そうだ、フォルテ……あいつがそれに気づかない訳がない」


 リテラートのその言葉に駆け出した五人は、サロンを再び後にした。


 

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