第32話 遭遇-5


「それで、ウェルスは魔力を使い切った状態なんだと思う」


 今に至るまでの経緯を話し終えたフォルテは、ほぅっと息を吐くと、ごめん、と小さな声でつぶやいた。肩を落としたフォルテの姿が普段よりも小さく見えて、傍に居たルウィアは堪らず彼を抱き寄せた。どれだけの重圧と責任感でそれまで立っていたのか、我が子と同じ年の彼が負ってきたものを思うと胸が痛んだ。

 フォルテ、とリテラートの声がして、ルウィアの腕の中のフォルテの身体がビクリと震えた。


「けがは? 」


 顔を上げたフォルテにそっと優しく微笑んだルウィアが腕を解く。


「それは大丈夫。魔物たちの力も幾らか増していたけれど、魔物が手に負えなかったんじゃないんだ。それよりも、気になるのは魔物の数が増えている事だね。僕たちがサルトスを出た時よりも、確実に勢力を増している」


 フォルテの話にじっと耳を傾けていたリテラートは、口を閉ざし、何かを考えているようだった。その間、誰も口を開く事なく、リテラートの言葉を待っていた。


「母様、しばらく三人をサンクティオで保護していただけますか? 話を聞く限り、仮にクラヴィスが目覚めたとしても、今のルーメンを旅するのは危険すぎる。早期に冬石の問題が解決すればよし、そうでなければ、春の女神の加護が訪れるまで……」


「もちろんよ、リテラート。王もそのつもりでおりましたから、その点は安心して」


 アカデミーとの通信が切れた部屋では、術者たちがせわしなく動き、各国との通信へと切り替えの作業を行っていた。

 そんな彼らをぼぅっと眺めながら、フォルテは魔物たちが襲ってきた時の事を考えていた。訪れる先々で耳にしていた魔物たちにまつわる話の多くは、現れたという事だけだった。人や動物が襲われるのは極稀であったはずだ。だが、考えてみれば自分たちが魔物と出会う時には、必ず奴らは襲ってきたのではないか? では、自分たちと襲われた人たち、その他の襲われなかった人たちとの違いはなんだ? 幾つかの仮説を立てることは出来るが、それを確かめる術は今のところない。いや、ない訳ではないが、それをするのは危険すぎる。自分たちの知らない所で何かが起きているのは確かで、それに対抗する術を持たない今は、リテラートの言う通りにするのが最善であることはフォルテも分かっている。けれど、それで手懸りが掴めるのならば、試さない手はない。

 部屋に戻ったフォルテは、ウェルスが眠っている事を確かめると、自分とクラヴィスの得物を手に取った。それから、女神の加護を詰め込んだ水晶の中から春の女神の加護を詰め込んだものを取り出す。魔術は使えない訳じゃないが得意ではない、それでも、春の女神の加護なら自分の魔力ともなじみ深い。選んだのはそれだけの理由だ。


「すぐ戻るから……」


 部屋を後にする間際、自分に言い聞かせるように呟いたフォルテの言葉を聞く者は居なかった。




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