第31話 遭遇-4


 魔物が出るという事は、アカデミーを出た最初に訪れたオレアでも聞いていたから、移動中はずっと警戒していた。実際、旅を続けていく中で幾度か戦闘に入った事もあったが、対処できないことはなかった。寧ろ、大事に至る事は全くなく、ウェルスが癒しの力を使ったことは一度もなかった。きっと、それがどこかで油断を生んでいたのかも知れない。

 ゲンティアナでの滞在中、ノイアから聞いた話では、三人がアカデミーを出た時よりもサンクティオでの魔物の出現報告は増えているという事だった。特に国境付近から魔物を見たという報告が多く来ているらしい。恐らく冬石の維持の為に中央都市を中心とした大規模な結界が張られている関係で、国境に近づくにつれて女神の加護が行き届かない為だろうと。まさに今から向かおうという場所が、それまでよりも危険であることは分かっていたはずだった。

 ノイアの配慮により、サンクティオに入ってから城から迎えが来ることは予定していたが、それよりも早く三人の前に現れたのは魔物の群れだった。その数は今まで遭遇したものよりも多く、また、感じられる魔力も強い。


「増えてるだけじゃなくて、強くなってる」


 騎乗のまま一気に駆け抜けようとしたが、ピリピリとした刺すような痛みを伴う敵意を含んだ魔力は、馬を怯えさせるには十分だった。歩みを止められ、仕方なく馬を降りたクラヴィスとフォルテは、武器を構えて前に進み出る。同じように馬を降りたウェルスは、クラヴィスの馬と自分の馬を連れて自身の周囲へ結界を張った。それを見守ってすぐに戦闘に入ったクラヴィスは、手にした得物をまるで身体の一部の様に操り、迫る魔物を切り捨てていく。自分を取り囲んだ魔物たちを確認してウェルスを振り返ったフォルテの腕では、シャランと魔力を込めたバングルが擦れる音がした。


「ウェルス、余裕があればでいい。歌を」


 興奮したままの馬を撫でて落ち着かせると、ハープを構えたウェルスはその音色に魔力を乗せて歌う。普段、ウェルスが扱う癒しの詩ではなく、戦闘力を上げるためのトルバドゥールの歌。まるで踊る様に戦うフォルテが動くたびに、シャランシャランとバングルの音が鳴り、ウェルスの歌と共鳴する。ありがとうと口に出したフォルテは、正面から向かってきた魔物を殴り倒すと、とどめとばかりに蹴りを入れる。断末魔の声を上げた魔物へ目もくれず、フォルテは次の魔物へ飛び掛かっていった。

 この旅を始めるまで、ウェルスの歌を聞いたことはなかったが、その歌声を心地良いと思うと同時に自身の中の魔力の高まりをフォルテは感じていた。それはこうした戦闘の時により強く感じる。時に護られるように、後押しをされているように力が溢れ、身体が軽くなるのだ。だから、どんな魔物が自分たちの前に立ちはだかろうとも、負ける気がしなかった。

 視界に入る魔物がいなくなり、切り抜けたとフォルテが足を止めた時、ウェルスの歌も止まった。


「フォルテ、後ろ! 」


 歌の代わりに届いたウェルスの声に、振り向きざまにフォルテが放った蹴りは、致命傷にはならなかった。しかし、魔物が飛ばされた先にウェルスが居る。しまったと思った時、魔物がウェルスの張る結界に張り付いて鋭い爪を立てる。最後の力を振り絞った魔物のその爪が、結界を破り突き刺さった。ガラスの割れるような音と共に壊れていく結界の中、ウェルスを目掛けて魔物の爪が振り下ろされる。

 だが、それはウェルスに届くことなく、駆け付けたクラヴィスに腕ごと切り落とされた。そして立て続けに突き出されたクラヴィスの剣先に貫かれた魔物は、声を上げる間もなく霧散した。


「間に合った。ウェルス、けがはな……っ」


 魔物の影が消え、笑顔と共に振り返ったクラヴィスの言葉は、最後まで紡がれることはなかった。


「クラヴィス? 」


 ゆっくりと、糸の切れた操り人形のようにクラヴィスは倒れ、ウェルスに受け止められた。抱き留めたウェルスの目に映ったのは、クラヴィスによって切り落とされた魔物の爪が彼の背に突き刺さり、身体と同じように霧散していくところだった。咄嗟に爪の消えた場所に手を当てるが、痕は何処にもなく、衣類も裂けてはいない。


「クラヴィス、冗談はそれくらいにしてって……」


 ウェルスは笑いながらとんとんっと背中を叩いてみるが、クラヴィスが動く気配はない。質の悪い悪戯だと揺さぶってみるが、ずっしりとその身体が重くのしかかってくるばかりで、何時ものようにおどけた笑顔が向けられることもない。


「ねぇ、クラヴィス? もう、やられた振りなんてやめろって。クラヴィス、クラヴィスったら! 」


 必死に呼びかけるウェルスとその腕に抱かれて瞳を固く閉じたクラヴィスの姿を信じられない気持ちで見ていたフォルテだったが、遠くで聞こえた足音に慌てて二人に駆け寄った。座り込むウェルスの隣に膝を付くとクラヴィスの息がある事を確認して、自分たちの周囲へ注意を向けた。

 徐々に近づいてくる足音は一つではないが、魔物のそれとも違う。足音の主がサンクティオの衛兵たちである事を祈りながら、警戒を解かないまま二人を背後に庇う様に構えるとそのままでウェルスに語りかけた。


「ウェルス、落ち着いて。クラヴィスの息はある。まずは無事に中央都市に辿り着くことを考えよう」


「フォルテ、俺……が」


「どうしてクラヴィスがそうなってるのか、僕には分からないけど、けれど……僕はクラヴィスを信じてる」


「信じ……」


「そう、信じてる。何時も僕を、僕たちを護るって口癖のように言ってるやつがだよ? そう簡単に僕たちを放り出すような事しないって」


 そうしている間にも近づいてきた足音は、すぐに近くで止まり、衛兵たちが姿を現した。


「フォルテ様! ご無事ですか? 良かったお会いできて」


 先頭に立っていたのは馴染みの近衛隊長でフォルテはほっと胸を撫でおろした。近衛隊長もほっとした様子を見せたが、クラヴィスの様子に緊張した面持ちでフォルテに問いかけた。


「フォルテ様、クラヴィス様は……」


 恐る恐る、しかし真実を確かめようとする意志に、フォルテは敢えて柔らかな表情を浮かべる。


「息はある。けれど、目を覚まさないんだ」


 緊張はそのままで頷いた近衛隊長は、すぐに背後に立つ衛兵たちに指示を出すと、ウェルスの隣へ膝を付いた。


「サルトスのウェルス様ですね。クラヴィス様は私が責任を持って連れて参りますから、どうぞフォルテ様と馬車へお入りください」


 優しく語りかけられたウェルスは、フォルテへ視線を投げる。その先で彼が頷いたのを認めると、腕の中のクラヴィスをじっと見つめた後、頷いて腕を緩めた。クラヴィスの身体を軽々と抱き上げた近衛隊長を見上げたウェルスは、自分もクラヴィスも、もちろんフォルテもまだ子供だという事を思い知った気がした。

 先に遣いが出されていた為、王宮での受け入れは円滑に行われた。クラヴィスはフォルテの部屋に運ばれ、そこにはサンクティオの薬師などが控えていた。しかし、眠る様に意識だけ戻らないクラヴィスの症状に前例がなく、彼らはどうする事も出来なかった。今はたた衰弱しないための術を施すしかないが、術士たちはほぼ神殿に赴いている。それを知ったウェルスが、自分がやると言って、それからつきっきりで癒しの力をクラヴィスへ注いでいた。


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