第30話 遭遇-3
サンクティオの衛兵に保護されて三日目。
それからずっとフォルテとウェルスは、クラヴィスの傍を離れずにいた。特にウェルスは彼の持つ癒しの力を使い続けていた。ちゃんと寝た方が良いというフォルテの言葉にも耳を貸さず、自分の所為だと自身を責め続けている。
しかし、ずっと力を使い続けていては、当然、限界は来る。そうして、糸が切れたように意識を手放したウェルスをフォルテがベッドに運んだのが、つい先ほどの事だった。
「もう、無茶しすぎ……僕がティエラに叱られちゃうじゃん」
経緯はどうあれ、ウェルスが寝てくれたことにフォルテは安堵した。
規則正しい寝息を漏らすその顔を覗き込めば、魔物に襲われてから目を覚まさないクラヴィスよりも、ウェルスの方がよほど疲れた表情をして眠っている。その寝顔を見ながらフォルテがため息を吐いた時、扉を叩く音がして部屋を出た。そこに居たのは、リテラートの妹のレーニスだった。
「クラヴィスはまだ目を覚まさないの? 」
サンクティオの小さな姫は、リテラートとフォルテが王子としての仕事をしている時、何時も遊んでくれるクラヴィスがお気に入りだった。魔物の事は知らされていないはずだが、ただならぬ様子に何かしらを察しているらしい彼女は、今にも零れそうな涙を目に一杯溜めていた。
「うん、レーニスを待たせてるなんて、起きたら寝坊し過ぎだって怒ってやってね」
「分かった。お仕置きに、兄様宛のお手紙書くの手伝ってもらうんだから」
フォルテの言葉に、精一杯の笑顔で応えたレーニスの瞳から涙が溢れて頬を伝う。笑顔を浮かべ、レーニスと同じ高さに視線を落としたフォルテは、そっと優しい手つきでその涙を拭った。
「それはいい」
「でしょ! あぁ、そうだった。フォルテ、私おつかいに来たのよ。母様が神殿へ来てって」
「ルウィア様が? 分かった、すぐに行くよ」
「えっと、もう一人の……そうウェルス、彼も一緒にって言ってたけど」
「そっか、でも、ウェルスは今行けないんだ。だから、まずは僕一人で行ってくるね。教えてくれてありがとう、レーニス」
どういたしまして、と優雅にお辞儀をしたレーニスは、少し離れた場所で控えていた侍女に連れられて戻っていった。彼女たちの姿が見えなくなるまで見送ったフォルテは、一旦部屋の中に戻ると、ウェルスが起きた時の為に行き先を書いた置手紙をした。
フォルテが神殿に向かうと、連絡を受けていたらしい神官が彼の到着を待っていた。サンクティオの神殿に入るのは初めてではないが、普段は祭事の時にしか訪れないフォルテは、何時もとは違う場所へ向かう事に少しだけ落ち着かない気持ちでいた。加えて記憶の中にある静寂に包まれたこの場所は、今は多くの人が行き交い、有事であることを思い知らされる。
案内されて入った部屋には、通信用の玉が置かれている。そして、その傍には通信を維持する術者とルウィアの姿があった。
「フォルテ様、お待ちしておりました」
「ご無沙汰しております。ルウィア様、この度は色々ご配慮をいただきありがとうございます」
恭しく腰を折ったフォルテに、首を横に振ったルウィアは、彼の手を取った。
「あなた方はリテラートの友人ですもの。出来る限りの事をするのは当然です。あの、お一人ですか? 」
「ウェルスは魔力の消耗が激しかったので、休ませています。お待たせするのはいけないと思い、まずは私一人で参りました」
「そうでしたか。まだクラヴィスは目を……」
はいと頷いたまま俯いてしまったフォルテに、悲し気に眉を下げたルウィアは、大丈夫だと言って握った手に力を込めた。
「その事について経緯をお伺いしようと思っておりましたの。そこへちょうどリテラートたちから通信が入りましたので、一緒にとお呼びしたんです」
「リテラートたちが? あぁ、精霊たちが知らせたんですね。分かりました。アカデミーと繋いで下さい。ゲンティアナからこちらへ向かう途中に起きた事をお話します」
顔を上げたフォルテは、しっかりとルウィアを見据えていた。強い意志のこもった眼差しにルウィアが頷くと、控えていた術者たちが玉を発動させる。すぐに繋がった通信の向こうから、カーティオがフォルテの名を呼ぶ声がした。
「カーティオ、ごめん。クラヴィスが……」
「うん、それは精霊たちが知らせてくれた。フォルテ……ウェルスの姿が見えないみたいだけど」
「クラヴィスに癒しを使って……今は疲れて眠ってる」
カーティオの問いかけに彼の後ろでティエラが息を飲む様子が見て取れたが、フォルテの言葉にほっと胸を撫でおろしていた。
「何があったか、詳しく教えてくれる? 」
出来るだけ優しく問いかけたカーティオに、不安気に瞳を揺らしたフォルテは、自身を落ち着けるようにすぅっと息を吸うとゆっくりとした口調で話し始めた。
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