第29話 遭遇-2


「ウェルスたち、早く帰ってこないかなぁ」


 漸く収まった笑い声に代わって、ティエラのしみじみとした呟きが五人だけのサロンに響いた。何時もなら八人分の声が重なる場所に、五人の声ではやはりさみしい。


「ほんと、二人ともウェルスのこと好き過ぎでしょ。アカデミー入ってすぐの頃とか、よく俺たちの部屋来てたもんね」


「それは……だってさ、生まれた時からずっと一緒だったのに、急に別々になったからさ」


「なんだ、俺と同室なのが不安なのかと思ってたけど、違うのか」


「それは別に……。リデルが隣にいるのは当たり前だったし」


 そっかと笑ったリデルのティエラを見る目は優しい。彼自身も幼いうちにオレアの親元を離れてティエラ付の護衛となった。ティエラ自身の希望と聞いていたが、いざリデルがサルトスの王宮に上ると、ティエラはウェルスの傍を離れなかった。寧ろ、二人の後をついてくるリデルを追い払うようなこともあった。今でこそ、親友の様に過ごしているが、自分が二人の邪魔をする存在だと思われていたのではないかとリデルは疑っていたくらいだ。


「俺も、隣が空いてると何となく落ち着かないんだよな」


 ティエラが言う様に、彼の隣にリデルが居るのが当たり前になり、ウェルスはティエラの隣でなく、リデルの隣に来るようになっていた。そうして二人だった世界は、リデルと三人の世界になり、ティエラを通して神子と彼らの傍にある人達で八人の世界になった。何時しか定位置になったサロンでの座る位置も、八人それぞれの関係性を現わしているようだった。中心にはいつもリテラートをはじめとしてティエラとカーティオの神子があり、周囲には彼らに寄り添う存在。アカデミーがルーメンの縮図だとするならば、まさしくこの場所はその中心だ。


「カーティオ、俺はクラヴィスの代わりなんて出来ないぞ」


 リデルの言葉に、ハッとした顔をしたソリオが横に座るカーティオに困ったような顔をしてそう告げる。言われたカーティオはその意味が良く分からなかったのか、首を傾げていた。


「隣が空いてて寂しいのは分かるけど、俺の定位置はリテラートの隣だから」


「あぁ、そういう事。大丈夫、たまにはソリオに違う景色見せてあげようと思っただけ。それに席は空いてるのに、一人離れて座ってるのは話し合うのにも効率悪いだろ? 三人が帰ってくるまで、ソリオはそこね。どうしてもリテラートの隣がいいっていうなら、代わってあげるけど」


「ここでいい」


 ソリオの言葉に、そう、と答えながらクスクス笑ったカーティオは、ソリオではなくリテラートを見ていた。カーティオはリテラートがさぞや面白くなさそうにしているかと思っていたが、予想に反して、驚いたような顔をしていたから殊更愉快な気持ちになった。それは、当然、自分の隣に来るものと思っていたのにという事か、それとも、ソリオが素直に自分の隣が定位置だと言った事へなのか。確かめたい思いはあったが、こんな楽しそうなことをフォルテと共有しないのはもったいないとまたの機会にすることにした。


「ほんと、早く三人とも帰ってくると……」


 しみじみと言いかけたカーティオの下へふわふわと精霊が漂いながら近づいてきた。精霊は差し出されたカーティオの掌へ降りると何かを告げるように瞬いた。じっとその囁きに耳を傾けていたカーティオの表情が少しだけ険しいものへと変わる。


「……カーティオ? 」


 どうしたのと続けるはずだったティエラは、思った以上にうわずった自分の声に口を閉ざした。そんなティエラに視線だけ向けたカーティオが、掌の精霊へありがとうと告げると、ふわりと彼の周囲を漂ったそれは何処へともなく消えていった。


「何があった? 」


 努めて冷静にそう問いかけたリテラートに、カーティオは硬い表情のまま顔を向ける。


「ゲンティアナからサンクティオに向かう途中で、三人が魔物に襲われた。ゲンティアナから知らせを受けていたサンクティオの衛兵が護衛につこうと向かっている最中の事だったらしい。衛兵たちが到着した時には既に魔物の姿はなかった。保護された三人にけがはなく、そのまますぐにサンクティオの王宮へ入った。けれど……」


 淡々と告げたカーティオは、そこで言葉を一旦切り、自身を落ち着ける為か、ゆっくりと息を吐くと瞳を閉じた。


「クラヴィスが目を覚まさない」


 ひゅっとソリオの息を吸い込んだ音がやけに大きくサロンに響く。ぐっと拳を握りしめたカーティオの手に、リテラートの手が重なった。


「とりあえず現状を確認しに行こう。サードの研究室にあった通信用玉なら使えるだろう」


「先に行って準備をしてくる」


 そう言って立ち上がったリデル、ソリオも彼の後を追って部屋を出た。

 普段から魔物の出現情報は、冬になると特に各国の国境付近に多く見られた。そういう時期も、自ずと民の集まる場所への警戒は厚くされるが、そうでない場所への警戒は薄い。特に今のサンクティオは、冬石の異変に注力しているため、神殿から最大限で張られた結界の外へ割く力は出来る限り削られているという。だからこそ、ゲンティアナからの知らせと迎えの衛兵だったのだが、結果的にそれが間に合わなかった。とはいえ、状況的に、誰を責めることも出来ない。


「それでもクラヴィスは、自分が悪いっていうんだろうな」


 精霊がカーティオに伝えてくれたのは、事実だけで、経緯は分からない。万物に宿る精霊たちでも、世界中のどこにでもいるわけではないから、仕方のない事だ。それでも、三人にけがはないと分かっただけでも救いではある。


「カーティオ……何にも分からない状況で、無責任に大丈夫だなんて言えないけど、でも、ウェルスが一緒にいるんだ。兄さんの癒しの力は俺が保障する」


 意識的だったのか、無意識だったのかは分からないが、ティエラがウェルスの事を兄と呼んだことにカーティオはゆっくりと瞳を開けて彼を見た。自分も不安だろうに何時ものように笑うティエラの姿に、少しだけ安堵する。カーティオとてウェルスの癒しの力を疑っている訳ではないが、クラヴィスが目を覚まさない原因が分からないの事に、やはり、どうしても不安を覚えてしまう。フォルテかウェルスか、どちらかからでもいいから当時の話を聞ければいいのだが、けががないというだけで、二人が話せる状態でなかったら? 様々な可能性を考えながら、浮かんでは沈むような思考にカーティオは頭を一つ強く振った。


「とりあえず、行こう。リデルとソリオが準備をしてくれているから」


 カーティオの手を握ったまま力を込めたリテラートが立ち上がると、ティエラもそれに続いた。

 そうして誰も居なくなったサロンは、静寂に包まれた。


 

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