第28話 遭遇-1
多少の問題はあったものの、アカデミー内での『宝探し』は順調に進んでいた。
大講堂で最初の手懸りが配られた日から、数日ごとに発表されるそれに、子供たちだけでなく大人たちも同じように目を輝かせていた。かつては大人たちもアカデミーで過ごした日々がそうさせているだろう。まだアカデミーに上れない幼い子らを連れ、子供たちと共に右往左往する姿に、ステラの面々も手ごたえを感じていた。
「そろそろウェルスたちはサンクティオに着いた頃かな」
『宝探し』が始まって以来、サードだけでなくステラの面々も助言をもたらす存在とされ、敷地内を歩けば囲まれる日々が続いていた。その為、今のサロンは彼らの執務室というより避難所のようだ。ラウンジでも囲まれるから、普段はあまり上がってこないリデルも一日の大半をサロンで過ごしている。今もティエラの淹れたコーヒーを楽しみながら、何時もなら共にラウンジで時間を過ごす彼らの事を考えていた。オレアを無事に旅立っていったのは、実家からの知らせで知っていたが、その後の足取りはカーティオ経由でもたらされる精霊の噂話でしか知る事が出来ない。
「心配? 」
リデルの向かいで同じようにティエラのコーヒーを口に運びながらふわりとカーティオが笑った。
「そりゃね。少しずつだけど、外から魔物の報告を受けてる。明らかにこの冬になって増えてるし」
「やっぱり増えてるのは本当なんだ」
自分のカップを持ったティエラがリデルの隣に腰を降ろすと、なんとなしに何時もウェルスが座る位置を眺めた。
「大丈夫だよ。三人に何かあったらすぐに知らせてって精霊たちにお願いしてるけど、今のところ危険に会ったって話は聞いていない」
良かったと安堵の息を漏らしたティエラの肩をリデルがそっと撫でた。自分の所為で森を出なくなってしまったのだと考えていたティエラは、外に行くといったウェルスを誰よりも歓迎していた。けれど、それと同じくらい心配をしていたのをリデルは知っている。
そんな二人を向かいから見ていたカーティオは、当然、ゲンティアナであった事を知っていたが、言わずにいた。三人が帰ってきたら分かる事だし、必要以上に心配させる趣味もない。それに、カーティオ自身もそういう出来事は聞いても、何故それが起こったかまでは精霊たちも教えてくれなかった。
「そういえば、結局、最終地点はどうしたんだっけ? 」
半ば強引に話題を変えたカーティオは、一人離れた場所に座るソリオに問いかけて、手招きをした。何時ものようにリテラートの後ろへ行こうとしたソリオの手を引き、カーティオは自分の隣に座らせる。居心地悪そうに顔を顰めたソリオだったが、手を離さないカーティオに諦めたように小さくため息を吐いた。
「クラヴィスの提案してくれた場所はやっぱり避けておいた。あの場所に祈りの力を集約させればアカデミーの守りも強固になるっていうサードの試算は分かってるけど、あの場所が何となく……立ち入られることを拒んでいるように思えたから、もっと手前に目標地点をずらした。ちょうどあそこには庭園があるから」
「それは俺も賛成した。クラヴィスに最初に聞いた時は名案だと思ったけど、実際に動いていくうち、ソリオの話を聞いて、そうすべきだと判断した。すまん、ちゃんと話していなかったな」
そっかと二人の話に頷いたカーティオは、リテラートの謝罪に大丈夫と首を振る。
「その辺りはソリオに任せていたし、リテラートの判断に異論はないよ。むしろ、こちらこそ確認が遅くなってごめんね。手懸りをって皆に囲まれた時に、はぐらかすんじゃなくて、本当に知らなかったからちょっと焦っただけ」
そう笑ったカーティオは、ここに上る前の事を話しだした。
サードの研究室で今の結界の状況を確認した後、セカンドの学舎に戻ろうと外で出た所で、ちょうど前から来た一団に囲まれてしまったのだ。『宝探し』も終盤に差し掛かり、何時しかグループを超えての協力体制が出来上がってきていたから、一団と言ってもかなりの数だった。
数が増えれば、当然、一人一人の理解も違いがある。皆が納得する答えを与えるのは難しく、一つの発言がまた次の質問を呼んでしまっていた。
最初は丁寧に彼らの質問に答えていたのだが、何時しか堂々巡りし始めたそれに内心うんざりしてきたのは正直なところ。しかし、自分の立場で無理やりに話を切り上げれば、ソリオに批判が集まる可能性もあってむげには出来ない。さてどうしたものかと取り囲む集団を引き連れながら、カーティオは少しずつセカンドの学舎へと歩き始めた。
「そんなの気にしないで、もう終わりって言っちゃえば良かったのに」
ソリオは今度こそ呆れたように盛大なため息を吐いた。
「ソリオのお許しが出たから今度からはそうするよ」
「それで、カーティオはどうやって彼らを納得させたんだ? 俺たちもそういう事があるかも知れないから参考に聞いておきたい」
興味深げに聞いたリテラートに続いて、リデルもティエラもじっとカーティオの答えを待っている。
「参考になるかは分からないけれど、俺はね、アカデミーをちゃんと見てみてって言ったんだ」
「どういう事? 」
首を傾げたのはティエラだった。
「皆もティエラと同じになってたから、その隙に逃げてきた」
「アカデミーを見る……敷地の見取り図か? 」
「正解。リデルだからそう思うんだろうね。実際には、俺はさっきまで正確な最終地点を知らなかったから、こう答えるしかなかったんだけど、これって色んな意味に取れるだろう? 」
人差し指を唇の前に持ってきたカーティオは、ふふっと笑う。確かにカーティオの言う通り「見て」の意味は一つではない。建物だったり、人だったり、仕組みだったり……何をの部分は考える人の数だけありそうだ。
「手懸りっていうより、謎が深まった感じだな」
軽く頭痛を覚えたリテラートは苦笑いを浮かべるが、ティエラは正解を聞いてもその意味が分からないとリデルの袖を引いた。ちょっと待っていろと席を立ったリデルは、資料棚からアカデミーの見取り図を取り出し、机の上に広げた。
「ほら、ソリオの出す手懸りは、毎回形を変えて、アカデミーの中の場所を示しているんだ。大講堂を起点に、最初の手懸りの答えとしてサードの校舎、そしてファーストの寮、次にセカンドの中庭」
そう説明しながら、目印の代わりに包みに入った角砂糖を置いて行く。
「ソリオ、後の答えの分を置いてくれ」
後を引き継いだソリオが、これから出す分の答えとなる場所へリデルに倣って角砂糖を置いて行くと、ティエラも分かったのかあっと声を上げた。それと同時に、カーティオの言った通り、リデルだから見取り図という正解が導き出せたのだろう事が分かる。
「最終地点を知っている俺たちは、どうしても、答えを直接的に表す言葉を選びがちだけど、本来の解き方を考えるとカーティオの与えた答えはとてもいいものだと思うよ」
ソリオも見取り図の上の角砂糖を回収し、代わりにピンを刺していきながら感心する。他の四人は、今度は何が始まったのかと興味深げにソリオの手元を眺めた。ソリオは四人の熱心な視線を受けながら、見取り図の上に手懸りと同じだけのピンを刺し終えると、その間に紐を張っていった。
「こういう事だったのか……」
ほぉっと息を吐きながら呟いたリテラートに、ソリオは苦笑する。
「あなたの苦手な分野ですからね」
「ちょっとは、やろうと思ったんだ」
尻すぼみしていくリテラートの言い訳に、くくっとカーティオは笑う。
「まぁ、確かにリテラートはこういうの苦手だけど、色々を統括してくれてるし、そんなにいじめちゃ可哀そうだよ」
ソリオの言う通りリテラートは、こういったいくつもの可能性を辿っていく方法が苦手だった。直感的でカリスマ性を持つリテラートには、ソリオのような準備を重ねて考え抜く側近が居る事は理想的だなとカーティオは思っている。リテラートの傍にソリオが居る限りサンクティオは安泰だななんて、何時か来る彼らの統治が楽しみになってくる。
「カーティオ、あまりリテラートを甘やかさないでよ。調子に乗るから」
「たまにはいいでしょ。今はフォルテが居ないから、リテラートを甘やかす人、少ないし」
「俺はフォルテに甘やかされてなんてないけど。どちらかというと、俺が甘やかしてる」
ソリオとカーティオのやり取りに不満を露わにしたリテラートは、きっぱりと言い放つが、次の瞬間には、彼以外の笑い声がサロンに響いた。
「なんでだよ! 」
「いや、多分、フォルテに聞いたら、今のリテラートと同じ事言うだろうなって思ってさ」
笑いを抑えられないままのリデルの言葉に、他の三人も頷いた。むぅと口を尖らせていくリテラートに、ますます四人の笑いは収まる様子を見せない。
同じ学年と言っても、実際の歳が下のリテラートとフォルテ、クラヴィスは彼らにとっては弟の様に思える可愛い存在だ。甘やかしているかそうでないかで言えば、ここにいる四人は皆、リテラートを甘やかしていると言っても過言ではない。
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