第27話 追及-9


 フォルテをこのままにしておけないなと考えていたクラヴィスは、ウェルスが消えた祭壇の方を見やる。日が暮れる前に、一度、街まで帰った方が良いだろうか。その後、自分一人だけでも戻ってこればいいと、そんな事を考えていると景色が歪んだように見えた。気のせいかと思ったが、何処からともなく現れた精霊たちが祭壇の周囲へと集まってきた事で、それが見間違いではない事を悟る。それはフォルテも同じで、二人は顔を見合わせて立ち上がると、精霊たちが集まる場所へと歩み寄った。


「……っ」


 精霊たちが放つ光がどんどん大きくなっていく中から、人の手が伸びてきた。すぐにそれがウェルスだと分かった二人は、その手をしっかりと掴むと光の中から引き寄せた。そのままの勢いで床に倒れ込んだ三人は、来るであろう痛みにぎゅっと瞳を閉じた

 しかし、それは何時までもやってこない。その代りに浮遊感を覚えてそっと目を開けると、自分たちは精霊たちの光に支えられていた。ゆっくりとその場から立ち上がり、自分たちを助けてくれたことにありがとうと礼を伝える。応えるように三人の周りをふわりと漂った精霊たちは、ウェルスの周りに集まった。つられるように彼を見たフォルテとクラヴィスは、その手に抱えられている一冊の本に目を奪われる。


「ウェルス、それは? 」


 二人に指を刺されたウェルスの手元に、しっかりと抱えられた魔導書。その宝玉から、もう光は溢れていなかった。


「俺が飛ばされた所にあったんだ」


 ウェルスは自分が体験してきた事を二人に聞かせた。暗闇の中で見つけたこれを綺麗だと思った事、そして、彼女の事。


「ウェルスは、その本か、その女性に呼ばれたのかも知れないね」


 フォルテの言葉に、そうかもしれないとウェルスは思った。腕の中の魔導書が酷く手になじむ事をすんなりと受け入れられた自分を不思議に思わなくもない。しかし、昨夜見た夢も、ここに来ることになっていた事も、もしかしたら、サルトスの森を出る時から既に始まっていた事なのかもしれない。そう思うと全てが腑に落ちていく。


「でも、俺、結局何も分かっていないんだ。この魔導書の使い方も知らない」


「触れた事は?」


「それもない。魔力を使うのに道具を介したことはないんだ。俺の場合は、歌に魔力を込めるだけだから」


「ん~、僕も魔導書は使ったことないなぁ。カーティオなら知ってるよね、多分」


「うん、カーティオなら使えると思うよ。あの人はなくても魔力は使えるけど、媒体の使い方は分かってると思う。じゃぁ、帰ったらやる事がまた一つ増えたね」


 にっこりと笑ったクラヴィスを驚いたように見つめたウェルスは、ふっと笑ったかと思うと次には大きな声を出して笑い出した。クラヴィスの笑顔を見たら、ついさっきまで深刻そうにしていた自分が、ウェルス自身も何だか可笑しくなってきてしまった。事実、深刻ではあったのかも知れないけれど、そうしていたところで何も変わらない事は、この旅を通して分かってきていた。それに、今は、こうして一緒に考え、悩み、笑い合える人たちがいる。


「でも、カーティオ、教えてくれるかなぁ」


「大丈夫でしょ。ウェルスはカーティオのお気に入りだから」


「えっ、そうなの? 」


「え……ウェルス、気付いてなかったの? 」


「クラヴィスはそうだと思ってたけど」


「俺は、一応、身内だからね。お気に入りとは違うよ」


「まぁ、仮にカーティオがめんどくさがったら、僕とクラヴィスでお願いすれば大丈夫」


「そそ、俺たちのオネガイを聞いてくれなかったことはないからね」


 ふふっと笑い合うフォルテとクラヴィスを見ていると、ウェルスもカーティオが二人を甘やかしたくなる気持ちが分かる。弟や妹がいたら、自分もそんな風に思うのだろうかとちょっとだけ思った。


「カーティオで思い出した! クラヴィス、あれ……カーティオのおつかい」


「そうだった。ウェルス、お願い」


 ここに来た目的を思い出した三人は、祭壇の前に立った。クラヴィスはカーティオから預かった水晶を取り出し、それに合わせてウェルスもソリオから預かった耳飾りにそっと触れた。先程、ウェルスを連れ去った光とは違う温かい夕陽と同じ色の光が周囲を包み、それは水晶に吸い込まれていく。


「何度見ても綺麗だよね」


 感慨深げに呟いたフォルテにそうだねと二人も頷いた。


 色付いた水晶を大事そうに鞄に仕舞ったクラヴィスが扉に向かって歩き出すと、二人もその後ろに続いたが、扉の手前でウェルスが足を止めた。


「どうしたの? ウェルス」


「もう少し、ここにいていいかな」


「気が済むまで……って言いたいところだけど、陽が暮れるまでは大丈夫。二人はちゃんとノイア様の所に送り届けるから安心して」


 ありがとう、と嬉しそうに笑ったウェルスは、踵を返すと足早にテラスへと向かう。驚いたようにそれを見送ったフォルテは、ふぅっと小さく息を吐いて、手すりに身体を預けて外を眺めるウェルスの背中を見ていた。フォルテが見つめるウェルスのその向こうに広がるゲンティアナの雪原は、まるでウェルスの心の様に真っ白だ。あの時、あの光に包まれた時、共にいた自分とクラヴィスが呼ばれる可能性もあったはずだ。けれど、呼ばれたのはウェルスだけで、彼がここに来る前に見た夢も、すべて彼を待っていた証のような気がしてくる。


「ねぇ、クラヴィス。もし、もしも冬の女神がいたのなら、ウェルスは……」


 そこまで言ってフォルテは、はっと口を噤んだ。自分の言おうとした言葉の裏にある様々な仮定と疑問がぐるぐるとフォルテの頭を駆け巡っていく。

 ウェルスが冬の女神の加護を受ける者だとしたら、何故、今までその存在は隠されていたのか。それとは別に、考えてみれば今のステラにはルーメンの創生へ関わった女神たちの加護を持つ者が集まっている。その観点からいえばウェルスとクラヴィスは、ある意味、異質だった。しかし、創成の頃に冬の女神が存在していたのならば、そしてウェルスが冬の女神の加護を受ける者ならば、彼もこちら側だ。では、クラヴィスは?


「そうだといいなって、今は思うよね。あぁ、フォルテ、大丈夫。俺は、何があっても君たちを護るよ」


 フォルテの紡げなかった言葉をなんとなしに理解したクラヴィスは、フォルテの頭を撫でながら柔らかく笑んだ。


「俺が君たちの傍に居る事を許される限り、ずっとね」


「クラヴィス……僕が父様の後を継いだ時、君が近衛隊長でなかったら怒るから」


「精進します。じゃぁ、俺も帰ったらカーティオに魔術の使い方教えてもらおうかな。ウェルスと一緒に」


「仕方ないから、僕も一緒に頼んであげる」


「やってはくれないんだ」


「当然でしょ。それは僕の役目じゃない」


 人にはそれぞれ役目があるのだとしたら、フォルテが考える自分の役目は春の女神の加護を受ける者として、ルーメンの入口となるメディウムを護り、その後ろにある全ての人たちを護る事だ。決して容易くはないそれの大きさに震える事もあるけれど、役目を背負う自分を支えてくれる存在が確かにあるはずだ。フォルテは隣に立つクラヴィスの顔を見上げ、次にテラスに立つウェルスを見つめた。それぞれがどんな役目を持っていたとしても変わらないのは、今、こうして共に旅をして同じ景色を見ている事実。


「ウェルス、そろそろ行こうか。僕たちはまだやらなければならない事が沢山あるよ」


 フォルテの掛けた声にウェルスが振り向いた。その姿にフォルテとクラヴィスは息を飲む。ふわりと微笑んだ彼に髪の長い女性の姿が重なった。


「ごめん、待たせて。行こう……って、どうしたの? 二人とも」


 唖然としていた二人へ不思議そうに首を傾げたウェルスには、もうどこにもその姿は重なっていなかった。


「あ、いや……行こうか」


 未だ呆然としていたクラヴィスの腕を、フォルテがほらっとつつくと、それで我に返ったクラヴィスが今だ心ここにあらずと言った体で頷く。二人を追い越すように扉に向かったウェルスを追うフォルテ。一歩、二人の方へと踏み出したクラヴィスは、その場で立ち止まり先程までウェルスが立っていた場所を振り返った。しかし、そこにはひっそりと静まり返った景色が広がるばかりだった。




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