第26話 追及-8


 光に包まれ眩しさに目を閉じたウェルスが、そっと瞼を上げるとそこには暗闇が広がっていた。辛うじて自分の姿だけは確認できるが、その他には何も見えない。ウェルス自身、暗闇は苦手ではない。だからだろうか、視界の開けないこの暗闇の中でも不思議と恐怖は感じない。


「クラヴィス? フォルテ? どっかに居る? 」


 それでもむやみに動くのは危険と思い、その場で二人の名を呼ぶが反応はなかった。どうしたものかと、周囲を見渡すと微かに金属の擦れる様な音がした。音がした場所を探るため、耳を澄ませる。

 シャラリ……。

 今度は先程よりもはっきりと聞こえて、音のした方へ視線を巡らせる。しかし、やはり暗闇が広がるばかりでそのままでは確かめようがない。ウェルスは小さなため息を一つ吐いて自身を叱咤する。

 意を決して足元の見えない中で慎重に一歩ずつ足を進めていくと、次第に目も慣れてきたようだ。聞こえてくる音だけを頼りに歩を進めていく。ふと、足先に何かが当たり、シャラリと先程から聞こえていた音がした。


「うわっ」


 思わず声を上げてしまい、一人だと分かっているのについ周囲を見渡すが、当然そこには暗闇が広がるばかりだ。そんな自分が可笑しくて口元が緩んだが、足元の感触を思い出し、ゆっくりと視線を落とす。もっとしっかり確かめようと腰を落とすと、自分の足元には想像していたよりも細い鎖が無造作に置かれていた。

 そっと手を伸ばして、鎖に触れる。その途端、ウェルスが触れた場所から広がる様に鎖が砕け散っていき、その破片が光を帯びて周囲を明るくした。


「……えっ」


 そこに浮かび上がってきたのは、鎖に覆われていたであろう一冊の本だった。鎖が砕けていくと、支えを失った本が地面へ落ちていく。咄嗟に身体ごと手を伸ばしたウェルスが、寸での所でその本を受け止めた。

 地面に身体を打ち付けた痛みで顔を顰めながら、手の中を確かめると本は無事なようだ。安堵しながら、ゆっくりと身体を起こし、確かに重みを感じるそれをまじまじと眺める。


「なんだろうこれ、魔導書的な? 」


 表紙には装飾が施され、中央には紫の宝玉が埋まっている。魔導書自体初めて手にしたウェルスは、不思議と手になじむ感触を確かめるように宝玉を撫でた。


「綺麗だな」


 思わず口から出ていた。その言葉に呼応するように撫でた宝玉が淡く光を帯びる。すると、向かいからウェルスの手に重ねるように別の手が伸びてきた。ウェルスがハッとして顔を上げるとそこには昨晩の夢に出てきた髪の長い女性が、柔らかな眼差しを向けいた。


「あなたは……」


 誰だと問おうとしたウェルスは、彼女の浮かべた微笑に言葉を飲み込んだ。どうしてそうしたのか、自分でも理解が出来ずにいると、重ねられた彼女の掌が熱を帯びた気がした。

 手元に視線を落とすと、どんどん宝玉の放つ光が強くなっていく。それが先ほど自分を包んだ光と同じものだと気付いたウェルスは、すぐに宝玉から手を離す。しかし、あふれる光は止まらない。


「待って、まだ、俺は何も分かっていない」


 聞かなければいけない何かも分からないまま、彼女の手を取ろうと伸ばしたウェルスの手は空を掴んだ。確かに熱を持っていた彼女の手は、幻のように触れる事が出来なかった。光に溶けていく彼女の姿を呆然と見つめていたウェルスは、強くなる光のその眩しさに目を閉じる。身体に浮遊感を覚えたウェルスは、手にした魔導書を離さないように抱きしめた。

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