第33話 遭遇-6


 通信が切れたアカデミーのサードにある研究室では、リテラートがカーティオにすまないと頭を下げた。


「リテラートが謝るようなことは何処にもない。これは誰に責任があるとか、そういう問題じゃないから」


「そうだけど……でも、拠点ごとに連絡入れるように三人に伝えていれば、もしかしたら魔物に対する何かが出来たかもしれない」


「それなら尚更、リテラートだけが悪いんじゃない。俺も、フォルテとクラヴィスの強さを過信していた。魔物は、未知な部分も多いっていうのに」


 互いに引かない二人をよそに思考に沈んでいたリデルの袖を引いたのはティエラだった。


「リデル、どうした? 」


「いや、どうも腑に落ちなくて」


「何が? 」


 ティエラが問うのと同じくして、そこに居た仲間たちは一斉にリデルを見た。

 リデルの下に外部の魔物が増えているという報告は上がってはいたが、実際の被害があったという事は聞いたことがなかった。アカデミーの子供たちに不安を与えない為だという事も考えられるが、ならば魔物の情報を与えなければいい事だ。だからこそ、フォルテの話を聞いて真っ先にリデルが覚えたのは違和感だった。


「なんで、フォルテたちが魔物たちに襲われたのかって」


 それまで、じっと彼らの事を黙って見ていたサードの生徒たちからついに悲鳴が上がった。


「リデル、続きは戻ってからだ。シルファ、協力感謝する。すまないが、ここで聞いたことは他言無用でお願いしたい」


「えぇ、もちろんよ、リテラート。その代り、ウェルスの事、何か分かったら教えて。これでも弟たちの事は可愛がっているのよ」


 ちらりとティエラを窺ったシルファは、笑顔を浮かべて彼に歩み寄った。そして、そっと伸ばされた彼女の腕は、その中にティエラを閉じ込める。


「大丈夫よ、ティエラ。大丈夫、ちゃんとウェルスは戻ってくる」


 大丈夫と優しく繰り返すシルファの腕の中で、ティエラはそっと頷いた。

 本当は叫び出したいほど不安だったが、自分がそれをしてしまえば、カーティオはどうなってしまうのかと思うとそうは出来なかった。それでも次々に押し寄せる不安を表には出さないようにしていたが、流石に姉の目は誤魔化せなかったらしい。


「シルファ、ありがとう。俺も信じてる。だから、ここで出来る事をやるよ」


 けれど今、シルファの柔らかく音を揺らす声は、抑え込んでいた不安ごと解かしていくようだった。


 サロンに戻った五人は、それぞれが何時もの場所に落ち着くと、リデルの話を聞く体制に入った。


「それで、何が気になっているんだ? 」


 ティエラに促され、頷きながらも考えるそぶりを見せたリデルは、しばらくしてようやく口を開いた。


「さっきも言ったけど、なんでフォルテたちが魔物に襲われたのかが分からないんだ」


「魔物はそういう存在じゃないのか? 」


「確かに、俺たちはそう教えられてきたけれど」


 ルーメンの創成の物語そのものが、人と魔物との戦いから始まる。それもあり、ルーメンの人々は魔物は恐れる存在で、人に害をなすものだと幼い頃から刷り込まれてきている。さらに、ルーメンの長い歴史の中には幾度も魔物との戦いの跡があるのは事実だ。だからこそ、今回も魔物から子供たちを護るためにアカデミーを砦としているはずだ。しかし、リデルの口ぶりからは魔物は人を襲う存在ではない様にとれる。


「皆は、魔物に襲われたという人の話を聞いたことはある? 」


 リデルの問いに、答えられる者はここには居なかった。

 子供とはいえ、政の中枢に近い人物ばかりなのに、そういった情報が入って来ないという事は、理由は二つしかない。敢えて耳に入れられなかったか、事実そのものがなかったか。しかし、王宮という場所は、良くも悪くも噂話が飛び交う場所だ。良い話よりも悪い話の方が早く広く伝わるその場所で、噂好きの侍女たちが話さずにいられるだろうか。


「つまり、そういう事だ。魔物の出現情報はあるのに、襲われたという情報がなかったのは、俺たちに伝えられなかったんじゃない。そういう事実、そのものがなかったんだ。だけど、今回、フォルテたちは、サンクティオに入るまでに何度も戦闘をしていたと話している。彼らが嘘を吐くとは思えない。まして、今、彼らが置かれている状況を聞く限りは、襲われたのは事実だろう」


「だから、何故、フォルテたちだけが襲われたのか……という事か」


 リデルの話を聞き、考えを纏めていく中で自然と零れたリテラートの言葉に、リデルは頷いた。


「俺が今の立場になって外からの情報を得た中で、魔物に襲われた話が全くなかった訳じゃない。けれど本当に極僅かな事だ。そう考えると、フォルテたちは魔物たちを引き寄せる、もしくは、凶暴化させる何かを持っていたとしか思えないんだ」


「もしかして、俺が頼んだものが……」


「カーティオ、なんだ? 頼んだものって」


 ギリッと奥歯を噛み締めて俯いたカーティオにリテラートが問うと、代わって答えたのはティエラだった。


「女神の加護を集めた水晶。そうだろう? カーティオ」


「ティエラ、知って……」


「俺は、サルトスの王子で神子だ。精霊たちとの繋がりが薄くても、この国の事は手に取る様に感じられる」


 この言葉に顔を上げたカーティオは、信じられないといったように目を見開きティエラを見つめた。そして次には、苦しそうに顔を歪めてティエラから視線をそらした。事情を知っているらしいリデルもまた悲痛な表情を浮かべ、すっかり置いてけぼりになってしまったリテラートとソリオ。堪らずソリオは、身を乗り出して三人を見やる。


「どういう事だ。俺達にも分かる様に話してくれ」


 口を開いたカーティオだったが、彼の口から声は出なかった。重たい空気がサロンに流れる中、少しの沈黙の後、話を始めたのはティエラだった。


「俺がこの国から出られないって話したことあったっけ? 」


 何時ものようにくだらない冗談を言い合うような口調で話すティエラに、隣に座っていたリデルが視線を移した。それに気づいたティエラが大丈夫と言って笑い、彼はその先を話し始めた。

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