第21話 追及-3

 これは少し前、『宝探し』を詰める時の事。

 クラヴィスを伴ったカーティオがソリオの下を訪れた。リテラートではなく、ソリオをと言われた時は思わず首を傾げていた。


「ちょっと散歩しよ」


 何時ものようにどこか掴み処のない様子で告げたカーティオは、ソリオが口を開く前に踵を返して歩きだしてしまう。クラヴィスはというと、そんなカーティオに慣れたもので、笑顔のままその後を追った。取り残されそうになっていたソリオは、クラヴィスの早くといった言葉に漸く足を動かし始めると、何となくクラヴィスの隣に並ぶ。


「どこ行くんだよ」


「ん~、ちょっと遠くまでお散歩」


 後ろから掛けたソリオの言葉に、カーティオは何時もの調子でゆるゆると答えた。


「だから、それが何処かって……」


 聞いているんだけど、と続けようとした言葉は、ソリオの口から出ることはなかった。それを察したように数歩先で振り返ったカーティオが、じっとソリオを見ている。真っ直ぐに自分を捉えるその瞳に、何故か、ソリオは言葉を飲み込んでいた。そんな彼に、無言のままにっこりと微笑んだカーティオはまた歩き出す。今度は、何処へ行くのかとはソリオも聞かなかった。

 ルーメン中の子供を集めたアカデミーの敷地は広大だ。知識としてそれはソリオも分かっていたが、自分の足でその広さを確かめたことはない。基本的にリテラートの傍を離れないようにしているから、というのもあるが、興味がなかったというのが本当のところだ。

 学舎や寮、その他の建物を離れると、木々に囲まれた場所をただ行くだけになった。ソリオの故郷であるゲンティアナとは森を形成する木の種類が違うのか、寒々としたものではない何処か温かみのある森が広がる。無言で進むカーティオとクラヴィスの後を追いながら、どれくらい進んだのかとか気になる事はあるが、それよりもこの先に何がるのかという好奇心が湧いてきた。それと同時に少しの不安が滲む。


「あのさ……大丈夫? 」


「ん、勝手に奥まで行って叱られないかって事? それなら大丈夫、ちゃんと女王様に申告してあるから」


「……は? 」


「それに、目的地まで他の生徒が迷うような事になってはいけないから、周囲の確認も兼ねてる。だからよろしくね、ソリオ」


 そういう事は始めに行って欲しいと、喉まで出かかったが、カーティオに言っても無駄な事はこの数年の付き合いでソリオも分かっている。抗議の代わりにため息を一つ吐き、それまでよりも周囲へ意識を向けた。


「ここまで一本道っぽいけど、入り口が分かりにくいって事か」


 独り言ちるソリオを、隣で歩くクラヴィスはちらりと見る。ソリオが歩くたびにゆらゆらと揺れる耳飾りは、女神の加護を受けているはずだ。魔術を、とりわけ攻撃魔法を得意とするゲンティアナの民の中から、サンクティオの王家に仕えることのできる人間は限られている。リデルと同じように女神の末裔、もしくは、女神の加護を受けて生まれたもの。カーティオもクラヴィスもソリオの出自を詳しく聞いたことはないが、その耳飾りがそういう存在だと示している。


「ねぇ、ソリオ。この森に入って何か感じない? 」


「何かって? 」


「それは俺には分からないんだけど、ソリオなら分かるかと思って。だってそれ、女神の加護でしょ」


 クラヴィスに指さされた耳飾りをソリオは咄嗟に手で握りしめた。ソリオとて別に隠していた訳ではない。カーティオが王家の者なら、リテラートに仕える者がどういった基準で選ばれるのかを知っていても可笑しくはない。ふぅっと息を吐いたソリオは、手を降ろすとクラヴィスを見つめ返し、その後にカーティオを見た。


「アカデミーが落ち着く場所だとは思っていた。サンクティオに居る時よりもずっと……。でもそれは、サルトスの癒しの力の所為だと思っていたんだけど」


「そっか、逆にいえば、ずっと感じてたって事ね」


「そう、かも」


 カーティオの言葉がすとんと落ちて、ソリオの中の疑問を埋めた。

 サンクティオにいる間は、リテラートの隣で、ずっと感じていた息苦しさは、アカデミーに入って何時しかなくなった。知らず知らずのうちに与えられる大人たちからの圧や視線が、アカデミーにはなかったから。

 サンクティオに居る時よりも近づいた二人の距離は、王子と側近としてではなく、友人のそれになっていた。時折、物理的な距離を持って自分を戒めなければならないほどに、彼へ親愛を持って接していた自分に気付いたのは何時だったか。


「俺が思ってるより、ずっとここは強固に護られてる」


 誰に言うでもないようなクラヴィスの呟きに、その意味を問おうとソリオは彼の顔を見つめるが、その瞳はじっと真っ直ぐに前を見ていた。ここからは見えない、この木々を抜けた先にある何かを、きっと。


「そろそろだね」


 クラヴィスの視線を追う様に前に向けたカーティオがにこりと笑い、また歩き出した。

 しばらく行くと、三人の前へ森の中に木々の無いぽっかりと穴の開いたような空間が広がっている。葉に遮られることのない日差しが、降り注ぐそこは、光に満ちていた。


「そういえば、昼間は余り来たことないな」


「何時もフォルテが寝た後に来るからでしょ」


「まぁ、そうなんだけど」


 二人は何度も来たことがある様な口ぶりで、ソリオは首を傾げる。クラヴィスの話に寄れば、ここは彼がひとり鍛錬を積むために見つけたとっておきの場所なのだという。しかし、カーティオによると、ここは神聖な場所なのだとか。


「建物はないけれど、神殿と同じだよ」


 そう言われたソリオは、もう一度、ゆっくりとその場所を見渡した。

 しんっと静まり返る森の中で、確かにここには張り詰めた様な清浄な気が満ちている。そんなことを何故知っているのかと、カーティオに問おうとしたが、はたと思いつく。彼には、アカデミーに居る精霊たちが付いていることに。恐らくは、精霊たちに聞いたのだろう事は容易に想像がついた。驚くほどの情報を持っている彼の、一体何が自分をここへ導いたのかが純粋に気にかかる。

 カーティオっとその名を呼んだ時、彼の周りに光の粒が集まってきた。精霊たちは、滅多な事では人の前に姿を現さないが、カーティオにそれは当てはまらないのだろう。すっかり聞く機会を逃してしまったソリオは、困ったようにクラヴィスを見たが、そちらでもまた言葉を失う事になった。慈しむような瞳は、カーティオと彼を包む光に注がれている。その姿が、何時もの元気な彼の様子と重なる場所がなくて戸惑いを隠せなかった。

 その途端、ソリオはとんでもない事に巻き込まれているのではないかと思いだした。カーティオはこの場所に入る事を『女王様』に申告してきたといった。だから神殿と同じなのは、きっとそうなのだろう。


「俺は、何をすればいい? 」


「物分かりのいい人は好きだよ」


 とはいえ、ソリオとて今更知らない振りで逃げられるとは思っていない。物わかりがいいわけじゃないと心の中でため息を吐き、逃げられないならば、状況を正確に判断して、自分が出来る限りの事をすればいいだけだと思うだけだった。


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