第22話 追及-4


 大講堂で最初のヒントが配られている頃、サードの魔術研究所では結界の形成作業が行われていた。通常の切り替えは、新しい宝玉を礎の台座に置くだけでいい。そうすれば、それまで結界を支えていた宝玉が砕けるか消えるかした時に自動的に切り替わる。だが、今回は、台座には神子たちの守護石が置かれる。同時に切り替えなければ力の均衡が崩れて結界そのものが崩壊する危険もある。これまで結界が途絶えた事がない中、もしもが起きた時に何があるのかまでは全く予想がつかない。だから、そうならない様にするのが最善策であることは間違いなかった。


「準備が良ければ、実行するけど」


 警備用の簡易通信玉を通じて、礎の台座に控えているサードの生徒たちに声を掛けたカーティオは、結界の状態を監視する為に作られた水晶へと魔力を注ぐ。それはサードの魔術研究所の生徒たちが数年前から研究を重ねていたものだ。数か月前に理論上の完成を得ていたが、支えるための魔力供給の面で実用に至らずにいた。この事態において、カーティオの魔力を中心に研究所の生徒たちの魔力を束ねる方法を確立し、漸くの実用となった。しかし、これはカーティオの膨大な魔力がある事が前提である為、今季をしのいだとしても、さらなる研究は必要になるだろう。


「第一班は、魔力供給を始めて、カーティオの所へ集中を」


 シルファの掛け声とともに生徒たちが決められた配置について、カーティオと同じように水晶へ魔力を注いでいく。起動に一番の出力が必要になる。これさえ乗り越えれば、後は定期的な供給で礎の維持は出来る試算だ。


「繋がった。切り替えて」


 静かに告げたカーティオの言葉に、礎の台座に居た生徒たちが一斉に宝玉と守護石を入れ替えた。


「安定するまでこのままで行く。後ろは交代して」


「第二班は一班と交代を。礎はそのまま待機」


 カーティオとシルファの指示のもとに研究所の生徒たちが、無駄なく動いていく。

 水晶へ魔力を注ぐカーティオを眺め、シルファはなるほどと思う。今まで、彼の魔力の供給源は彼の持つ守護石だと思っていたが、そうではないらしい。彼自身の持つものだとするならば、尚更、恐ろしい存在だと思わずにはいられない。膨大な自身の魔力と権力を兼ね備えたら……。彼がそれに気づいた早々に権力を手放した事に納得した。それでも、惜しいと思うのは仕方ない。

 その時、くすりとカーティオが笑う。


「どうした? 」


「いや、熱い視線を感じるなぁと思って」


「軽口が叩けるのなら大丈夫だな。私は女王陛下へ報告をしてくる」


 はぁいと緩いカーティオの返事を背中で受けながら、シルファは部屋を出た。

 恐らく、アカデミーの動向は逐一報告が上がっているだろうが、自らの口で報告する事に意味があると思っている。この状況で母子としての話はままならないが、親の顔を見て安心するのは何もファーストの子供たちだけではないのだ。ついでにアカデミー外の状況も確認をしなければと、通信用の玉を繋いだ。


「おぉ、シルファか、久しいな」


「陛下もお元気そうで何よりです」


「……シルファが母と呼んでくれない」


「いや……あの、母様? 」


「うむ、何じゃ? 」


「何じゃ? じゃなくて」


 そこまで言ったシルファは、ふふっと笑い出した。きっと、城の中は緊迫した状況には変わらないのだろう。それでも、何時もの様におどけた母の姿は、シルファにとって安心できるものであった。


「さて、そなたの笑顔に癒されるのは確かだが、我にその顔を見せるのが目的ではなかろう? 」


「はい、アカデミーの結界が強固になった旨のご報告と、アカデミー外の状況をお伺いしたくお時間をいただきたいです」


 頷いた女王の姿に、シルファも姿勢を正して表情を引き締めた。そして、アカデミーの結界の礎を守護石に変えて強固にしたことを報告する。女王から聞いたアカデミーの外の様子は、決して楽観できるものではなかった。未だ冬石の時を止める必要がある事、僅かだがルーメン内で魔物の出現報告が増えている事。それを聞いてシルファは、ルーメンを巡る為に外に出ているウェルスたちの事を思った。元より危険を承知で出かけるのだと笑った彼らの姿は、今でもすぐに思い出される。フォルテとクラヴィスの強さも聞き及んではいるが、シルファは純粋に弟を心配していた。


「このまま冬を越せれば良し、そうでなくともそなたたちだけはルーメン全ての力を持って護ると決めておる」


「はい、外の事はおまかせいたします。その代り、私たちはアカデミー内で出来る限りの力を尽くす事を誓いますわ」


「うむ、それでこそ我が娘じゃ。互いに吉報を知らせられるように尽力しようぞ」


 静まり返る部屋の中、シルファはふぅっと息を吐いた。

 大変なのはきっとこれからなのだろうという予感があったが、それは決して暗いものではなかった。



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