第23話 追及-5


 メディウムからゲンティアナへ抜ける道は、険しかった。メディウム側の風の吹き抜けるなだらかな道を登れば、その先はゲンティアナのごつごつとした岩の道、更にその先には木々に覆われた深い森が広がる。眼下に広がる森を眺めたウェルスは、同じ森なのに、サルトスとは明らかに違うその場所に、緊張してしまう。忘却の森と名付けられているその場所は、冷たい印象だった。


「なんで、忘却の森なんだろう」


 国境付近まではなだらかな道だったから馬に乗っていた三人だったが、国境を超えたあたりから岩の多さに降りざるを得なかった。クラヴィスとウェルスはそれぞれ馬を引き、フォルテは二人の間を歩いていく。

 ポツリと漏らした疑問はウェルスのものだった。先頭を歩いていたクラヴィスは、振り返るとウェルスを真っ直ぐに見た後、眼下の森へと視線を移した。


「ゲンティアナの民は、元来、戦いを好まない人たちだから……。万が一、メディウムが外から攻め込まれ落された時、次に狙われるのはサンクティオで間違いない。けれど、真っ直ぐに進んだとして、守りが堅いのは容易に想像できる。なら、別の方向から攻めるのも手だろう? オレアの民は力を以って迎え撃つだろう。けれど、ゲンティアナの民はそれを良しとしない。だから、惑わせて忘れさせて、力を奪う」


「そのための、忘却の森……」


「魔術でも、彼らは呪術を使う。自然と対話し、自然の力を借りることで発動する。きっと攻撃に一番特化した魔術だと言えるけれど、それを出来る限り使わないとも決めている。だから」


「だから、メディウムの民は力をつける。自らがルーメンの盾になると決めている」


「ちょっと、フォルテ! いい所持ってくなんてずるい! 」


「何言ってるの。そういう決め台詞は王子の役目でしょ! 」


 それまでの深刻な雰囲気はどこへ行ったのか、わいわいと騒ぐクラヴィスとフォルテの姿は、アカデミーの中のそれと同じで、ウェルスはふっと笑いが漏れる。そんな彼らを見ていると、一人では難しかった事も、三人なら大丈夫だと思えた。もしかしたら、ここまで来ることも出来なかったかも知れない。二人の事も、友人と言いながら、知らない事が多かったかもしれない。


「ありがとう」


 ウェルス自身が気付いた時には、そう二人に告げていた。振りむいた二人は驚いたようにウェルスを眺めると、今度は顔を見合わせて笑う。


「え? なに? 」


「ウェルスってさ、大概可愛いよね」


「……はっ? 」


「そういうとこね」


 クラヴィスには可愛いなどと言われ、フォルテには訳の分からない返しをされたウェルスは唖然としたまま二人を眺めた。するとまた二人は顔を見合わせ、今度はさらに大きな声で笑い出した。


 岩の道を降り、森の入り口に立った時にはまだ陽は高かったが、森の中は薄暗く、何処か気味の悪さがあった。やはり、サルトスの温かい森とは違う。木々の隙間から差し込む陽射しをウェルスは懐かしく思い、周囲へきょろきょろと視線を走らせながらも、平然と前を歩くクラヴィスたちの後を必死で追った。

 森に入ってしばらくすると、薄暗い中にふわふわと漂う光があった。みるみるうちにそれは数を増していき、何時しか、三人の行く先を照らすように周囲へ集まってくる。


「精霊? 」


「あぁ、ウェルスを見に来たんだね」


 嬉しそうに周囲へ視線を送ったクラヴィスを、くるりと覆う様に光が舞う。声もしないし、どうやっているのか分からないが、クラヴィスは精霊と会話をしているようだ。時折微笑んだり、頷いたりしているのをフォルテの肩越しに見つめたウェルスは、そっとフォルテに話しかけた。


「ねぇ、俺達惑わされたりしないの? クラヴィス大丈夫? 」


「なんか、ここの精霊たちに気に入られてるんだよね、クラヴィス。だから、クラヴィスがいる限り惑わされたりしないし、迷わない。それに今は、ウェルスがソリオのお守り持ってるから、例えはぐれたとしても大丈夫でしょ」


 不安なら傍に居てあげるなんて、彼を好きな女の子なら勘違いしてしまいそうな台詞を平然と吐いたフォルテは、その言葉通りにウェルスの隣に並んだ。その間もずっと、クラヴィスと精霊たちのおしゃべりは続いているようだ。精霊たちのもたらす光で、ウェルスの中で森に入った時の不安は何時しかなくなっているが、冷たい印象であることは変わりない。前を歩くクラヴィスたちからずっと前へ視線を移せば、やはり薄暗いままだ。先の見えない森が、まるで自分たちの行く末のようだと思うのは、憶病すぎるだろうか。

 しかし、仕方のない事だとウェルス自身思っている。何処までも広がる緑の草原、青の中の空と海の境界線、初めてみた外の世界は、美しいもので溢れていた。けれど、そればかりではない事も知識としては知っている。あの暖かい森で、護られていたのだと今なら解る。だからこそ、美しさの裏側にあるものへの恐怖を募らせているのだ。


「ひかり……」


 ウェルスの口から出たのは、意識のない呟きだった。ずっと薄暗いままだった森の奥に、微かな光が見えた気がしたのだ。


「あぁ、やっと。今回はちょっと長かったね」


 事も無げに言い放つフォルテを見やると、その口からはぁっと大きなため息が漏れでた。自分の置かれていた状況を読めないまま、フォルテを見れば、やれやれと言った体の姿がある。きょとんとしたままのウェルスにもう一度小さなため息を吐いたフォルテは、その訳を教えてくれた。自分たちは決して惑わされていた訳ではないが、森の長さはここを管理する精霊たちの匙加減なのだという。今回は、自分たちのお気に入りが来た事もあり、少し長めだったこと、恐らく、クラヴィスが精霊たちから何か情報を得ているだろうという事。フォルテの説明を聞いたウェルスが、はぁと気の抜けた返事を返したとしても、それは責められない事だった。

 徐々に光が大きくなり、森の出口が近いのだと知らせた。精霊たちの光と、森の外の光が混ざり合う様をぼんやりと見つめたウェルスが、目の前に広がる景色に言葉を失うのはそれから数分後の事だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る