第18話 画策-10


 女神の神殿から出た三人が、神殿の管理者でもあるリデルの母に迎えられている頃、アカデミーに残ったカーティオは、寮の自室で精霊の囁きを聞いていた。


「そう、順調みたいだね。まぁ、あっちの心配は最初からあまりしていないけど」


 精霊が去った後、一人ぼっちの部屋は、灯りは点いているのに何処か暗く冷たく感じる。ウェルスは普段からさほど口数の多い方ではないから、二人で居たとしても賑やかではなかった。しかし、同じ静かな部屋でも人の温もりがあるのとないのとでは、こんなにも違うものかとカーティオはベッドの上に身を転がした。まして、今は自分の周りを何時もまとわりつくようにしている弟たちもいない。


「……つまんない」


 ごろりと寝返りをうったところで何も変わりはしないのだが、じっと代わり映えのしない天井を見ている気にもならなかった。カーティオ自身に割り当てられた役目は今は動けないというだけで、やる事がない訳ではない。今でも、続々とアカデミーへファーストの家族たちがやってきているから、彼らの身元確認と過ごす場所の振り分けを担当している生徒たちは大忙しだろう。手伝いに行けばそこそこに暇はつぶせるし、少なくとも結界の維持に入れば『つまらない』などと言っている場合もなくなるだろう。分かっているけれど、気が進まない。

 はぁっと大きく吐かれた何度目かのため息は、やはり誰にも拾われることなく、空に消えていった。


 ファーストの子を持つものだけでなく、希望者も可能だと言われているアカデミーへの避難者の数は、思ったよりも少なかった。何も起きていない状態で住み慣れた場所を離れる事、営みを放棄する事への不安から留まる事を選択した者たちが多かっただけのことだ。それでも、アカデミーに入る前の幼い子を連れている家族は、母と子だけでもと男たちに言われてきたのだろう。想定内の出来事ではある、とリテラートは受け入れの手続きを行う生徒たちの管理をしながら考えていた。

 不測の事態に備えての行動は、加減を間違えば国を殺してしまう。だから、ルーメン全土に出されたそれは、あくまでも各自の意思によるものだとしていた。どれだけ各地の王家や統治者たちが優れていようと、ルーメンに住まう全ての人を救えるわけではない。

 ただ、思うのだ。神子の力があるのなら、それを上手く使えるのなら、こうなる前に何か出来た事があったのではないかと……。


「情けないな」


 それなのに、魔術に長けたカーティオも、癒しの力を持つティエラも気付けなかった事を、剣しか持てない自分が気付けるはずないと思ってしまう。誰にも、ソリオにすら聞かせるつもりのない弱音は、仲間たちのいない、がらんどうなサロンに静かに響いた。


 迎え入れを初めて二週間が過ぎようとした頃、陣頭に立つのをソリオとティエラに任せ、リテラートはリデルと共にサードにある魔術院下の研究所を訪れていた。

 そこではカーティオを中心とした魔術に長けた者たちがアカデミーを覆う結界の強化を試みていた。試みていると言っても、既に骨組みは出来ているらしく、数か月間必要になるそれの維持をどうするかの計算に入っていると聞いている。


「カーティオ、進捗は? 」


「仮説は出来てる。本来なら試行したいところだけど、そういう訳にはいかなくてね」


「どういう事だ? 」


「守護石を土台にする」


 結界を維持する為には膨大な魔力が必要となる。一時的なものは、人がそれを維持するが、アカデミーのように長期的な維持の場合は、魔力を封じ込めた何かを土台にする。現在は定期的にルーメン各地の神殿から届けられる宝玉が土台とされているが、今の状況を考えると次の宝玉が無事に届けられる保証はどこにもない。恐らく歴代の神子の下にあった守護石ならば、宝玉の比ではないくらいの魔力を帯びているのだろう。魔力を感じられないリテラートには分からないが、カーティオにはきっと分かっている。胸の奥から湧き上がるものが悔しさなのか、無力感なのか分からないままリテラートは奥歯をギリッと噛み締める。


「リテラート、不安? 」


 恐らくリテラートの抱える形容しがたい感情の存在をカーティオは気付いている。だが、知ってなお、不満かとは聞かなかった。


「笑うか? 」


「いや……一緒でよかったって、思ってる」


「……そうか」


 それならば合点がいった。リテラート自身は、守護石を持って生まれた事に疑問を覚えたことはなかった。手放したいと思った事も。父のようにサンクティオを慈しみ護っていくのだと、誇らしくも思った。


「危険は? 」


「分からない。試行できないといったろう? やるしかない」


 ただ……重いと感じた事はある。だから、これを持たずに生まれてきたらどうなっていたかとは、考えた。


「リテラート……例えば、これが砕け散ったとしても、俺達が神子であることは変わらない」


 カーティオのその言葉に、リテラートは目を見開いて彼を見た。彼は恐らく、覚悟はしろと言っている。


「考えられる事象はいくつかある。魔力の暴走、枯渇、あるいは起動すらしない。どれになったとしても代わりの用意は必要。ただ、切り替えに時間は必要になる」


「だから、俺が呼ばれてるってことか」


 それまで二人の後ろでじっと話を聞いていたリデルが口を開くと、カーティオが真剣な眼差しを向けて頷いた。


「今はいい。魔物の出現情報もないしね。ただ、いよいよ冬石の時が進み、ルーメンへその加護が失われた時にどうなるかなんて誰にも分からないから」


「分かった。結界を前提としないアカデミーの防御を考えなければいけないね」


「草原で戦うのと、森で戦うのでは勝手が違うから、その所……」


「カーティオ……俺の人生、半分以上はサルトスで過ごしてるんだけど?」


「そうだった。リデルを信じる。ということで、後はリテラートお願いね」


「……は? 」


 突然、水を向けられたリテラートは間抜け面を晒す事になった。その様子にクスクスと笑うカーティオは、至極当然と言った風で、手にした彼の守護石『瑠璃』を握りしめた。


「僕はこれからこっちにかかりきりになる。当然、ここは任せてもらっていいし、物理的な護りはリデルがやるって言ってる。ファーストとセカンドの生徒たちの面倒はソリオが見るだろう? ティエラはその家族たちの対応に追われる……となると、全体の統括は、リテラートにしかできないでしょ」


 カーティオに真っ直ぐな瞳を向けられたリテラートは、こういう時だと思う。こういう時に強く感じるのは、カーティオに対する尊敬と畏怖。何処まで全体を見渡していて、どれだけの考えを持って行動しているのか、心底、彼を敵に回したくはないと、そう思った。




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