第7話 兆候-7
次の日からカーティオの予想通りステラをはじめとするサウスステラ、そしてアカデミーの運営に携わる大人も学生たちも忙しくなった。
まだ全学生に通達はされていないが、アカデミーは三国からの正式な要請を受けて冬期の帰省を制限する事になり、学生たちの不安を少しでも和らげる為にステラの提案する学年対抗行事を新設する事となった。
「ケアで言ったら、ファーストの子たちをメインに考えるべきじゃないかな。ただでさえ親元を離れたばかりで不安な所に、やっと来た冬期休暇に家族に会えないなんて……」
「フォルテみたいに?」
「ぼ、僕は違うよ! 僕だってもうセカンドなんだから! 」
べーだとリテラートに向かって舌を出すフォルテに、苦笑を返しながらもフォルテの言う通りだなとリテラートは考える。
恐らくケアが必要なのは貴族階級以上の子らだろう。所謂、一般市民の子らは、幼い頃から親と共に家庭内の事を見てきたし、ある程度の身の回りの事も出来る状態での寮生活だ。しかし、貴族階級の子らの多くは、身の回りの世話は全て家人がしていたはずで、その為、アカデミー内でも差し支えなく生活できるようにと、幼い頃から同年代の世話係を付けている。
リテラートのソリオ、ティエラのリデル然りだ。フォルテは従弟のクラヴィスを連れてきたが、クラヴィス自身も貴族階級の者ではある。どうやら彼自身が望んでフォルテの傍にいるらしいのだから、この二人の場合は参考には出来ない。
そう言えば、何故、クラヴィスはそこまでするのだろうかとリテラートに疑問が沸いた。従弟同士で幼い頃から兄弟のように育ってきたというのは聞いたことがあるが、彼がよく口にする護るという言葉。フォルテやカーティオだけでなく、リテラート自身を含んだサロンへ集う仲間たちへと向けられるそれ。彼の出自を思えば、王家に連なる者へ忠誠とも取れるが、彼の場合はソリオやリデルに対してもだから、そうする事への礎となる理由が分からない。自分の知らない何かがあるのかもしれないが、それを見つけるにはクラヴィス自身をリテラートは知らなかった。
考えている間に、じっとクラヴィスの事を見つめてしまっていたらしいリテラートは、その視線の先にある彼ににっこりと微笑まれて、ハッとする。咳払いを一つして、再度、顔を上げれば、今度はフォルテの胡乱げな瞳とぶつかった。
「な、なに? 」
「それはこっちの台詞。カーティオやティエラもいるから大丈夫だと思うけど、こっちの要はリテラートなんだから、しっかりしてよね」
「大丈夫だって、任せとけ」
ずいっと顔を近づけてきたフォルテの頭をリテラートが撫でると、むぅっとしたまま、それでも離れずフォルテはリテラートの座るソファの手すりに腰かけた。
う~んと唸ったのはティエラで、隣にいるリデルを見やる。
「なぁ、リデル。保護者の名目で女性と小さな子を受け入れるとして、どれくらいまでなら行けそう? 」
「人数って事か? 名簿と家族構成をしっかり確認する必要はあるけれど、恐らくファーストの子らの家族は大丈夫だと思う。それ以上となると……要相談だな」
子供たちを護るために作られたというのは伝説ではないが、遠い過去の話で、当時を知るものなど当の昔に居なくなっている。それでも、アカデミー内の施設だけで言えば恐らく何も問題はない。問題は結界の規模だ。
今は学年ごとに使っている施設だけを三つの小さな結界で覆っているが、家族を受け入れるならば現在使っていない施設、もしくはアカデミー全体へ結界を展開する必要がある。現在は、あまり魔力を必要としない特別製だから、さほど魔力を扱う事に長けていないオレアの者でも維持できているが、そうとなれば、当然、魔力に長けた人がある程度は必要になるという事だ。今いるオレアの者だけで無理となれば、ゲンティアナからの増援か、サルトスの神官たちの助けを求める事も考えていかねばならない。ただ、冬石の現状を思えばサルトスの神官たちをこちらに配するのには無理があるだろう。
「ソリオ、ゲンティアナにこちらへまわせるだけの余裕はあると思うか? 」
「余裕は、正直ないと思う。サンクティオに主要な術者たちは集められているだろうし」
「だよな……」
肩を落としたリデルの向かいで、そうか、と声を上げたのはクラヴィスだった。
「でも、別に大人たちだけが戦力じゃない。アカデミーの中……、セカンドとサードにもいるんじゃないかな」
出自は関係ない、魔力を扱うのが得意な者、剣術を扱うのが得意な者、ここには様々な力を持った子供たちが居る。大人たちのようには出来なくても、互いを補い合うことは出来る。結界を作るのが難しいなら、そこは大人たちに、その後の維持に学生たちに助力を乞うのは出来るのではないかと、クラヴィスは話す。
熱っぽく語ったクラヴィスの隣、じっとそれを聞いていたカーティオが頷いた。
「サードの魔力専攻は間違いなく大丈夫だろうね。むしろ結界を作るところからでも研究の為とかでやってくれそうだけど……。特にあそこには、メディウムの次世代のウィザードたちが集ってるしね」
くすりと笑うカーティオは、自身もウィザードのマスター称号を持っているし、サードの専攻には自身と並ぶ程の人材が多くいると語った。
「サルトスの子らもきっと力になれる。トルバドゥールの歌は鼓舞になるから、魔力の底上げが出来る。それにここは自分たちの国でもあるから」
カーティオに続いたのはウェルスだった。
アカデミーはルーメン全土から子供たちが集められている。それは、何年か先にルーメンを支える存在であり、いわば、アカデミーはルーメンの縮図のようなところだった。そして、今このサロンに集うのは、間違いなくその子供たちがルーメンの表舞台に立つときにそれぞれの国を率いる者たちだ。
「さて、そうなると、今のルーメンの現状を学生たちに伝えなくてはいけなくなる。それが一番の問題じゃないか? 」
「ねぇ、リテラート。いっそ、それを冬の間の目標としてみたらどう? ファーストの子とその家族、それを護る為にセカンドとサードで力を合わせる」
「だからそれをさせるのに……あぁ、そういう事か! 」
「大人たちも知らない、皆が忘れかけてしまっているルーメンの歴史を、僕たちは再現して未来に備えるんだ」
ニヤリと笑うフォルテに、リテラートも頷いた。
八人は早速、新しい冬期の企画を練り始めた。セカンドの統括はリテラートとソリオ、サードはカーティオ、大人たちとのやり取りはティエラとリデルが受け持ち、外へ出る三人は自分たちの準備を進める事になった。
「貧乏くじ引いたって思ってる? 」
サロンの端で自分たちが辿るはずのルートを確認しながらフォルテがクラヴィスを見やる。
「なんで? 」
「いや、クラヴィスは、きっとあの中に入りたかっただろうなって思って」
フォルテが視線を走らせた先には、アカデミーに残る五人とこの企画を支える者たちが忙しそうに動き、意見を交換していた。その視線を追う様にウェルスが顔を上げ、クラヴィスはフォルテの頭に手を伸ばす。
「確かに面白そうではあるけどね。あっちは得意な人があんなに沢山いるなら、俺は俺じゃないと出来ない事をするだけだよ。むしろ、俺はウェルスがちょっと心配だけど」
「え? ……俺? 」
きょとんとして首を傾げるウェルスは、助けを求めるようにフォルテを見た。しかし、フォルテもクラヴィスの言う意味が分からないのか、両手を広げて降参のポーズだ。
「ウェルス、サルトスの外出るの初めてだって聞いたよ」
女王制のサルトスでは、ティエラもウェルスも後継としての扱いはされておらず、二人の姉 シルファがサードで帝王学を専攻している。それでも王族として扱われてきた彼は、やはり箱入りなのではないかとクラヴィスは思っていた。
「あぁ、うん、そう。でも、だいたいの事は自分で出来るから大丈夫」
ウェルスの話では、神子でない王子は神官か臣下として生きて行くことになるからと、基本的に世話役が付けられないのだそうだ。ティエラはウェルスと一緒にいる為に世話役は付けずにいたが、しきたりとして護衛だけはつけて欲しいという事で、二人の下へリデルがやってきたらしい。それをクラヴィスとフォルテは興味深げに聞いていた。
「やっぱり、国によっていろいろなんだね。そうだ、馬は? 乗れる? 」
「一人なら平気。馬は自分の使っていい? 」
城から連れて来てもらわなきゃと、のんびりとした口調で首を傾げたウェルスにクラヴィスが頷きを返す。フォルテはクラヴィスが自分で乗せていくつもりだったので、主な移動手段となる馬は問題なさそうだ。
それならば、少し険しいが近道が出来ると、再度、地図とにらめっこを始めたクラヴィスの隣でフォルテはその横顔を見つめた。
「そういえばさ、僕、クラヴィスの事はアカデミーに入るずっと前から知っていたけれど、皆とは入学してから一緒にいるのに、それぞれがそれまでどうやって暮らしてきたのかって、あまり知らないよね」
「言われてみれば……だって、今の話も、初めてした」
地図にルートを書き込んで満足そうに微笑んだクラヴィスが、顔を上げて二人を見つめた。何もなければ、互いを友としながらも深くを知ることなく、このままサードの過程を終えて国に帰って、それぞれの役割を全うする。そういった事に疑問を覚える事すらしなかっただろう。
「道中はそれなりに長いから、俺達は色々話をしよう。そしてさ、戻ったら、皆の話も聞く……そんなのもいいんじゃない」
選んだルートを二人に見せながら、クラヴィスが笑うと、二人も同じように頷き笑った。
「そのためにも僕たちは、無事に帰って来なくちゃね」
「そういう事」
ウェルスが差し出した両手をフォルテとクラヴィスがそれぞれ取り、二人もまた取った手を固く握る。
「じゃぁ、改めて、二人ともよろしく」
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