第8話 兆候-8


 サンクティオの神殿の中央に位置する冬石が収められている部屋には、常に数人の術者が置かれていた。それほどまでに理を曲げて時を止める術は強い魔力を必要とした。サンクティオの神官に加え、ゲンティアナからの増援、そして、メディウムとサルトスからも魔術師たちが集っている。同じ様に玉での通信も維持され、有事には各国が迅速に動けるようになっていた。

 そんな日々がしばらく続いたある日、午前の現況報告を終えたトルニスは、ほぉっと息を吐いた。

 冬石に亀裂が入った頃と時を同じくして神子たちの持つ守護石が光を帯びた。その事はヴェーチェルとリヴェラには伝えたが、神子達によれば、その光の示すものが悪い感じがしないというのは、何処まで信じていいのかとそれぞれが測りかねていた。生まれた時から共にある守護石の変化に、誰よりも敏感であるはずの子らがそういうのだ。親としても、この現状からも信じたい気持ちはあれど、過去のルーメンの歴史をさかのぼっても冬石に亀裂が入った事も、守護石が光を帯びた事も記録はなかった。


「一体、何が起きているというのだ……」


 通信用の玉が置かれた部屋を後にしたトルニスは、城に戻らず、神殿の最奥、神官長と国王のみが入る事を許された場所へと向かっていた。

 トルニスは、魔術が得意ではない。所謂、サンクティオの民の典型であるが、流石に神官長ともなればそうではない。現在の神官長であるフランは、トルニスの兄でもある。彼は幼い頃から剣術よりも魔術を得意とし、早い内から自身とトルニスの可能性を見極め、王位を弟へと譲るとその座についた。今、トルニスがゆっくりと歩んでいる道を、彼が通る時に祈るような表情を浮かべるのは、最奥から放たれる神気を感じるのだと聞いたことがある。

 肌を滑る空気がしんっと冷えているように感じるのは、近づく冬の所為だけではないだろう事は分かる。だが、トルニスにはその程度なのだ。

 突き当りの重い石扉に手をかざせば、資格のあるものだけに扉が開かれる。ゆっくりと開いていく扉を見つめ、完全に開いたのを確認して部屋の中へと入った。すると、広がる部屋の中央に設えられた祭壇が目に入る。灯りはないはずなのに、仄かに光るそこには、一振りの剣が置かれていた。ルーメンに降り立った運命の女神たちの力を宿したそれは、過去に二度、力を使ったとされる。

 最初は一人の青年によって振るわれ、女神たちと共に、この地に巣食った魔を倒した。青年は後に、ルーメンの国祖とも言うべき王となったが、彼がその血を残すことはなかった。彼に変わってルーメンを収めたのは、女神たちの魂を受け継いだ三人の神子たち。何故、彼の王は自らをその座に置かなかったのか。遥か昔、国造りの真実、恐らくは、彼の王自身と国造りに立ち会った女神達のみが知る事なのだ。

 二度目はそれから随分時が過ぎ、人々が女神たちの存在を遠くに感じ始めた頃、冬の到来と共に再び生まれた魔を沈める為、時の神子によって振るわれる事になった。その時代、冬の間に子らを護るため作られた施設が、後にアカデミーとなる。以来、ルーメンに生まれる子らは一つの学び舎で共に学び、そしてまた、全土へと散っていくようになった。しかし、何時しか冬への恐怖もなくなり、今ではアカデミーも休暇期間となっている。

 冬石の亀裂は、魔の再来を示唆するものなのか、ひっそりとその力を潜めるように祭壇へ祀られた剣を見ても、トルニスには何も感じられない。自分は神子ではない、王族として神子に連なる者ではあるが、その力は持ち合わせていない。恐らく、これを振るう事があるのならば、その柄を握るのはこの時代の神子となったリテラートだ。そうなってしまった時、彼が背負うものは、トルニスの想像よりも大きく重く彼にのしかかり苦しめるのだろうか。願わくば、この剣がここから出されない事を祈ろう。

 物言わぬ剣を見据え、ぐっと唇を噛んだトルニスは、深く頭を下げた後、その部屋を出て神殿の外へ出るまで振り返ることはなかった。




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