第6話 兆候-6


 昼間のサロンで、学年対抗の行事を各自で案を出す事を決めた八人だったが、今はそれぞれの部屋に戻り、フォルテは何時ものように早めの就寝だ。

 フォルテが眠るのを見届けたクラヴィスは、彼の眠りを妨げないように部屋を後にする。廊下には人気はないが、寮全体の就寝時間まではまだ幾らかある為、扉の向こうからは人の話し声はしていた。そんな静かとは言えない長い廊下を通り抜け、中庭に出たクラヴィスは暗い空を見上げる。そろそろカーティオの出した遣いが戻ってくる頃だろうと彼の魔力と精霊の気配を辿る為に神経を集中させた。


「クラヴィス、フォルテはもう寝たの? 」


 不意に背後から掛けられた声に、掴めそうだった気配は散ってしまった。ふぅっと息を吐いたクラヴィスは、困ったように声を掛けた主を見やる。


「カーティオ……君ならフォルテの就寝時間は把握してるだろう? 」


「まぁね……それと、クラヴィスがフォルテが寝た後に夜の散歩を時々してることも」


 参ったなと、頭を掻いたクラヴィスに、精霊たちは噂話が好きなのだとカーティオが笑う。一体、カーティオがどれだけの精霊と通じているかは分からないが、恐らくアカデミー内のめぼしい情報はすべて把握しているだろう事は想像に易い。


「悪い事出来ないなぁ」


「するつもりだったの? 」


「まさか! あぁ~でも、リテラートやフォルテにって渡されたラブレターを渡さなかった事があるのは……お願い、黙ってて」


 アカデミー内での学生たちの立場は平等、とはいっても、やはり出自というのも気になるものだし、まして相手が王族となれば直接話しかけるのも躊躇われることはよくある。その点、クラヴィスをはじめとするリデルとソリオには、他の学生たちも話しかけやすいのか、そういった『お願い』をされて困るとソリオがぼやいていたのをカーティオは思い出す。便利屋じゃねぇんだぞって、彼にしては珍しく口を荒げていたのだが、何を言われたのかを聞けなかったなと今になってその場面が浮かんだ。


「俺のは? 」


「……あります。ちなみにティエラやウェルスのも…」


「まぁ、それは知ってたけどね」


「カーティオ! 」


 ふふっと悪戯っぽく笑ったカーティオは、クラヴィスの背後に視線を移すとその笑顔を消してじっと暗い夜空を見つめた。帰ってきたと呟いた彼は、すっと右手を空に向かって伸ばす。すると、キラキラと青い光の粒がその手の先へと集まり、あっという間に精霊の形をとった。

 精霊はふわりとカーティオの周囲を飛んだ後、彼と額を合わせる。二人の周囲を魔力の光が包み込むのをクラヴィスは綺麗だなと思う。魔力は扱う人の心を映すと言われるが、カーティオもこの青い光と同じように穏やかな深い心の持ち主だと知っているから、余計とそれが眩しく映るのだろうか。

 しばらくして光が消えていくと、カーティオの手の上には精霊の代わりに革袋が乗せられていた。そこから漏れ出る微かな魔力にクラヴィスが瞳を眇めたのを、じっと窺う様にカーティオは見ている。


「それは? 」


 だが、そうしていたのも僅かな時で、クラヴィスは何もなかったようにカーティオの持つ革袋を指さした。カーティオの方もその視線を収めて、にこりと笑う。


「トルニス王からリテラートへのプレゼントかな。しかし……明日から忙しくなりそう。今のうちにちゃんと寝ようか、クラヴィス」


 暗に部屋に戻る事を促されて、は~いとクラヴィスは返事をして建物の方へと歩き出した。その背中を再度じっと見つめたカーティオは、すぐにふっと力を抜いた。不意に振り返ったクラヴィスがカーティオを呼ぶ。カーティオはその笑顔に応えながら隣に並ぶと、自分よりも少し低い位置にあるクラヴィスの顔を眺めた。


「なぁ、お前、また背が伸びた? 」


「あ、分かる? きっと、すぐにカーティオを追い越すよ」


「えぇ~それはやだなぁ。クラヴィスは小さくて可愛いままでいてよ」


「可愛いはフォルテに任せてるから、俺。もっと大きくなって、もっと強くなって、カーティオや皆を護るんだ」


「ありがとう、クラヴィス。期待してる」


 幼い頃に母方の従弟だと紹介された彼は、母親同士が姉妹で仲が良かったこともあり、城に来る事も多く、アカデミーに入るまでフォルテと三人で兄弟のように過ごしていた。人見知りの激しいフォルテが、アカデミーに入る時に彼と一緒でなければ行かないと駄々をこねたのは、まだ記憶に新しい。

 カーティオ自身、生まれながらに魔術を扱う事に長けていた。アカデミーに入る前には既に大人たちも顔負けする程で、ファーストに在籍する間にマスターの称号を受けている。そして、それとは別にカーティオだけが持つ能力があり、物心がついたころには、人が纏う生命力のようなものが見えていた。先代のマスターは、それを神子の祝福、守護石がもたらす力だろうと言っていたが、本当のところはカーティオ自身も分からない。

 アカデミーで過ごす中で、カーティオが構内に漂う精霊たちと言葉を交わすようになると、教えてくれたのはクラヴィスの事。神子とは違う、けれど古い存在を感じると彼らが表現した。それを聞いた時、カーティオも精霊たちには分かるのだなと思っていた。

 今も隣を歩く彼が纏うそれは、他の誰とも違っている。年相応の若く雄々しいかと思えば、長い時を生きてきたような悠々しさを浮かべる事もある。正直『分からない』存在だ。しかし、彼が何者であろうと、共に過ごしてきた時は間違いなく愛に満ちていた事に変わりない。

 弟と等しい存在のクラヴィス、その彼が皆を護るといった言葉を何があっても信じよう、今はまだ低い位置にある頭をそっと撫でながら、カーティオは心に誓った。


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