第2話 兆候-2
アカデミーで守護石が淡い光を放っている頃、冬石が収められているサンクティオの神殿では神官たちが慌ただしく動き回っていた。
「国王に連絡を……! 」
「神官長、ゲンティアナの長老たちに協力を仰ぐべきでは? 」
うむと頷いた神官長 フランは控えていた騎士団員へ告げる。
「急ぎゲンティアナへ向かい、長老たちに現状をお伝えし協力の要請を」
恭しく一礼を返した騎士は数人を伴い神殿を後にする。それを見送り、フランは周囲の神官たちへ向かい、声を上げた。
「手の空いているものは集まれ、魔力を束ねるのだ」
神殿の最奥、冬石が祀られた部屋には神官たちが集い、フランを中心として急遽、時を止める術が執り行われる。今はそれしかない、それが神官たちの総意だった。
フランの託を携えた騎士団が神殿を後にした頃、神官の報告を受けたサンクティオ国王 トルニスは神殿へ向かっていた。
「メディウムとサルトスにも遣いを……いや、玉を繋ぐ」
報告に来た神官に案内されるまま、神殿の奥へと進む王の傍らで唇を噛み締める王妃 ルウィアの姿があった。その座に就く前は、優秀な神官として神殿に遣える身であった彼女は、事の重大さが痛いほどわかる。何としてでも食い止めなければ、国が、ルーメンに暮らす人々の身が危ないのだと国王に説いたのは、他ならぬ彼女だった。
他の国との連絡に玉を使うためには、それを維持するための相応の魔術を扱う者が必要となる。魔の扱いを苦手とする者が多いサンクティオでは、その扱いに長けたものの多くは神官となっているが、その神官たちは今、国を挙げた大掛かりな術式に魔力を注いでいる。一刻も争うそんな状況で、そこから魔力を削ぐことは賢明とは言えなかった。
「玉の維持は私がやります。だから、冬石の時を……早く。早く止めてください」
強い口調で告げるルウィアに、トルニスは振り返り強く頷いた。
「ありがとう、頼んだよ。だが、まずは冬石の様子を確かめてくる」
行ってらっしゃいませ、そういって微笑むルウィアの姿に同じように微笑みを返したトルニスは、さっと踵を返して神殿の奥へと向かう。それを見送ったルウィアもまた、通信用の玉を準備するための部屋へと向かった。
安定した通信を維持するのにはそれ相応の準備が必要だが、今のサンクティオには準備に掛けられる時間も人もいない。ルウィアは自分の魔力を補強するために魔方陣を展開した。トルニスがここに来るまでに、各国の王たちに集まってもらわねばならない。
通信用の宝玉を台座に据えたルウィアは、魔方陣の内側に立ち、手にした杖でトンっと床を鳴らした。
「私はサンクティオ王妃ルウィアです。メディウム、並びに、サルトスの術者よ、私の声に応えてください」
基本的に宝玉を使っての連絡は予め日時を決めて行うことが多い為、今回のような緊急の呼び出しに気付いてもらえるかは賭けだった。それでも、馬に乗って伝令を走らせることを思えば格段に速い。幸い、まだ昼間という時間であったため、おそらくは誰かしらの目に留まる可能性が高い。
早く……とルウィアは願う。
片側からの通信魔法を二方向に送るのには、魔力の消費が激しい。双方向になれば互いに負担は軽く済むのだが、今は一人でやるしかない、だから早くと送る魔力へ念を込める。
「なんと、ルウィア王妃!す、すぐにこちらからの魔力を送ります故、今しばらくお待ちください。メディウムには我が国からも呼び出しをしてみます」
応えたのはサルトスの神官だった。
「ありがとうございます。陛下は……ヴェーチェル女王陛下は……」
急な呼び出しの、しかも王妃自らのそれに、緊急だと判断したサルトスの神官たちは、慌ただしく動き始めていた。
「ただいま使いの者が向かっております。……メディウムにも繋がりました。こちらで術式を維持します。どうかルウィア様はお休みください」
「ありがとう……ありがとうございます」
ほぅっと安堵の息を漏らしたルウィアはその場に膝を付いた。多くの魔力を消費した為、身体に力が入らずはぁはぁと肩で息をしていると、そこへトルニスが駆け込んできた。
「ルウィア! ……大丈夫か、ルウィア」
「えぇ、私は大丈夫です。ちょうど繋がったところです。ヴェーチェル様とリヴェラ様は間もなくいらっしゃるかと」
「ご苦労だった。すまない、無理をさせた。サルトスの者よ、礼を言う」
そう言って頭を下げた国王にサルトスの神官たちが慌てていると、そこへ女王ヴェーチェルが表れた。
「トルニス王、それほどまでに事態は逼迫しておりますの? 」
その問いに緊張した面持ちで頷くトルニス。
「詳しくはリヴェラ殿が参られてから…」
「待たせた。こちらの術者がそろわぬ故、声のみで申し訳ない。トルニス殿、続けてくれ」
「承知した」
そうしてトルニスの口から語られる事実に、ヴェーチェルとリヴェラは息を飲んだ。
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