第3話 兆候-3


 サロンの一つ下の階にあるラウンジは、生徒達の憩いの場となっている。

 フロアの殆どを占めるラウンジ、その奥にはサロンへと続く階段がある。しかし、階段周辺は親衛隊と呼ばれるステラ達の熱心なファンが陣取っている為、多くの生徒達は窓際に近い席に座る。

 その時、窓際の眺めの良い席には、ステラとは違った華やかさを放つ一団が、ゆったりとお茶の時間を過ごしていた。サルトスの第一王子のウェルス、メディウムの第二王子のフォルテ、フォルテの従兄弟にあたる貴族出身のクラヴィス、そして、オレア出身でティエラの側近でもあるリデル。彼等は上位の三名にはならなかったが、サウスステラと呼ばれるステラを補佐する立場にある。その為、もちろんサロンへの入室を許されているが、サロンに居るよりも、生徒たちの様子が見て取れるからという理由から、彼等は好んでこの場所にいる事が多い。


「……っ」


「クラヴィス? 」


「ううん、何でもない。それより、カーティオ達はどうしたの?何かさっき急いで上がって行ったけれど……」


 奥の階段を心配そうに見詰めたクラヴィスは、リデルへ向き直り行かなくて良かったのかと問うた。

 リテラートの側近のソリオは、同室でもあるからか、ほぼ一日中を共にしているといっても過言ではないが、ティエラとリデルは行動を別にする事も珍しくない。今日も何時もの様に別行動をとり、クラヴィスの質問に曖昧な笑顔で応えたリデルは、肩を竦めて親衛隊に囲まれた階段を見やる。その視線の先を追うように顔を上げたウェルスが、持っていたカップを置いて溜め息を吐いた。


「守護石達が騒いでるって、カーティオが……」


 ウェルスは、今朝のカーティオの様子を思い出していた。

 彼の同室はカーティオで、朝の弱いウェルスよりも早く起きる事が多く、ついでと言って起こしてくれるのだが、今朝はウェルスが起きるまでじっとベッドの上で守護石を眺めていた。

 守護石は女神達の祝福を受けた神子たちの化身と言われ、王家の子が握った状態で生まれてくる。

 サンクティオには陽光の祝福 深紅。

 サルトスには黄昏の祝福 琥珀。

 メディウムには暁の祝福 瑠璃。

 同じ時代に同じ守護石が存在することはなく、持って生まれた子が亡くなると共に消えてしまう。

 必ず神子が生まれ続けるサルトスと違い、メディウムとサンクティオには極稀にしか神子は生まれない。それにもかかわらず、現在確認されているのは三女神の祝福を持った全てで、それはルーメン創成以来の出来事とされている。その事実に民は喜び、それらを持った王子達はルーメン全土で神子として崇められている。

 リテラートが国に帰りたがらないのは、その辺りもどうやら関係しているのかも知れない。


「騒いでいる? 」


 ウェルスの言葉に不安そうに首を傾げたフォルテ、その頭に大きな手をのせたリデルは慈しむように撫でながら、大丈夫だよと笑顔を浮かべる。


「ティエラのは発光してるけれど、嫌な感じはしないって」


 リデルもまた、同室のティエラとのやり取りをフォルテ達に聞かせた。


「俺が起きたら枕元に置いてあった琥珀が光っていて、慌てて起こしたんだけどさ。ティエラの奴、慌てる様子なんて全然なくて、のんびりしてたんだよ。訳分からないから、こっちは焦ってたって言うのに……」


 呆れたように眉を下げ、溜め息を吐いたリデルをフォルテが笑う。


「笑い事じゃないぞ、フォルテ」


 リデルがムッとして見せても変わらず、フォルテは笑っている。その隣でクラヴィスはサロンへ繋がる階段を見詰めてキュッと唇を噛み締めた。


「そういえば、フォルテたちは帰るのか? 」


「あぁ、うん、カーティオがどうするかはまだ聞いていないけど、僕は帰るよ。クラヴィスもね」


「そうそ、俺はフォルテのお供だね。父上にも今のうちに王子に恩を売っておけって言われてるしね」


「そういう事、本人の僕に言っちゃダメなんじゃない?」


「隠してもすぐバレるでしょ」


「それ、クラヴィスの場合は、顔に出るからだよ」


 生まれも同じ年で同室の二人がそう言って何時ものようにじゃれあうのを、ウェルスとリデルは優しい顔で見守っている。

 フォルテ達とウェルス達の歳は二つ違いだが、三年で一学年とされる為に同学年となった。おかげで各三国の王子とその側近達はアカデミーで共に居られる。それが良いのか悪いのかは別として、セカンドに上がったばかりの彼らは、サードの三年を終えるまでの約六年間は、ただの子供として過ごす事が出来る。


「フォルテが黙っててくれたら、バレないよ」


 クラヴィスは自分よりも小柄なフォルテを膝の上に座らせると、その長い手足で優しく抱き込んだ。無邪気にじゃれあっている彼等も、国に帰れば、従兄弟関係にあると言えども王族と一貴族。今のように笑い合う事すらなくなってしまうだろう。それが分かっているから、今この時だけは……と、自然と互いの持つ距離感が近くなるかもしれない。


「クラヴィス、ダメだよ。それ以上、俺の弟を誑かさないで」


「カーティオ! 」


 嬉しそうに名を呼んだフォルテは、さっとクラヴィスの膝から降りるとカーティオの元へ駆け寄った。


「誑かしてなんていないよ。人聞き悪いなぁ」


 追う様に立ち上がったクラヴィスもカーティオに駆け寄ると、フォルテとは反対の手を取り自分たちが今まで座っていたテーブルまで引いた。


「なら、いいのだけれど」


 苦笑しながら、二人に両手を引かれて席に着くカーティオの顔をウェルスが覗き込んだ。心配そうなその視線に、カーティオは安心させるように笑顔を返すと、リデルを捉えた。


「ティエラが怒ってたぞ。リデルがサロンに顔を出さないって……」


「別に、俺は呼ばれてねぇもん」


「心配な癖に意地張っちゃって……呼ばれたら、来るんだよね。じゃぁ、皆、上へ行こう。リテラートが呼んでる」


 その言葉に両手を広げてため息を吐いたリデルも観念したように立ち上がる。そんな彼にくすりと笑ったカーティオが両手に纏わりつくフォルテとクラヴィスを連れて歩き出すと、ウェルスもそれに続いた。

 奥の階段付近にいた親衛隊たちは、その様子にため息とも悲鳴とも取れる声を上げるが、彼らにとっては何時もの事なので意に介さない。彼らが階段を上がり、その姿が見えなくなると親衛隊たちもそれぞれ散っていき、ラウンジには静けさが戻った。


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