第4話 兆候-4
サロンで他のメンバーを待っていたリテラートたちは、ティエラの入れたコーヒーを口にしていた。
最初の頃はソリオが淹れると言っていたが、ティエラにはこだわりがあるのか、自分で淹れると言ってきかない。何度かキッチンスペースでの攻防を繰り広げた末に、ソリオが折れる形になった。
しかし、やはりソリオは落ち着かないのか、王子たちと同じ席には着かず、キッチンスペースにあるダイニングテーブルで一人座っている。幾らアカデミーでは対等だと言われても、幼い頃から側近としてリテラートに付き、その立場を身に沁み込ませてきたのだから仕方ない、というのはティエラの側近でもあるリデルの談だ。
一方、そのリデルの方はというと、ティエラとはアカデミーでもその外でも側近としてふるまう事はあまりない。あくまで側近ではなく護衛だからというのがリデルの主張で、ティエラ自身もそれを良しとしてるからか、二人は親友として過ごしている。同じサルトスの王子であるウェルスには側近を設けられなかった事も、彼らをそうさせている一因かもしれない。
双子として産まれたティエラとウェルス。
ウェルスの方が兄であるが、守護石を持って生まれたティエラは王子というより、神子として大切にされている。決してウェルスがないがしろにされているわけではないが、サルトスは守護石を持つ神子は絶えず存在し、さらに女王制を取るこの国では、継承権を持つ王女よりも神子が上位に来る為に、必然的にそうなってしまうだけだ。その証拠に、ティエラは光の神子として親しまれているが、ウェルスもまた月の王子として国民たちから慕われ、その人気はティエラと二分する程だ。
「あ~! いい香りがすると思ったら、ティエラのコーヒー。俺も欲しい」
ノックもせず部屋に入るなり、リデルはティエラの傍らに歩み寄りその手元を覗き込んだ。
「これ飲んだら、皆の分、淹れてやるから、ちょっと待ってて」
は~いと緩い返事を返しながら、その隣に座るリデルにティエラは苦笑を浮かべる。途端に賑やかなになったサロンで、応接の奥、一人掛けのソファにリテラート、右手側の長椅子にティエラとリデル、そしてウェルス、左手側にカーティオとクラヴィス、ダイニングテーブルにソリオとフォルテ、それぞれが定位置と呼べる席に着いた。
しばらくしてカップを空にしたティエラが立ち上がると、ソリオも共にキッチンスペースへ立ち、コーヒーが飲めないフォルテの為にココアを入れた。
凝り性のティエラが入れるコーヒーは、わざわざルーメン外の商人から買い付けている。今日のはとりわけ香りがいいのだと語るティエラは、機嫌が良い。ふわりと室内を香ばしく心を落ち着ける様な香りが漂い、皆がほぉっと息を吐いた。
「でもさ、リテラート。俺たちを呼んだのは、ティエラのコーヒーがとりわけ美味しいからって訳じゃないでしょ? 」
テーブルに置かれた焼き菓子を手に取り、ポイっと口に入れたクラヴィスがリテラートを見た。
先程、ラウンジでも話をしていた守護石の事だろうとは合流組も分かっているが、実際に光るところを見ていないし、光っている事がどういうことなのかは今一つ分かっていない。
クラヴィスの言葉に、リテラートとカーティオが守護石を取り出してテーブルの上に置いた。そこへ人数分のカップをソリオと共に運んできたティエラも加わり、三つの守護石が並べられる。普段は淡い光を湛えているとはいっても、発光をしているわけではなかったが、目の前に並べられたそれは緩やかだが確かに発光していた。
「……綺麗」
うっとりと眺めたフォルテが呟くと、クラヴィスはその言葉に頷いだ。
「やっぱり……嫌な、感じはしない……けど」
ぽつりと呟いたウェルスは、守護石たちへ手をかざしてその光を浴びる。指先から、掌から伝わるのは暖かいものだった。
「ウェルスもそう思うだろう? でも、こんな事は初めてだから、何かはあると思うんだけど」
席に着いたティエラもウェルスの言葉に同意を返す。
サルトス王家の者は癒しの力を生まれながらに持っているため、こうした気を感じる能力に長けている。それを承知の上で、二人の言葉にリテラートとカーティオは不安気な表情を浮かべた。
「さっき、遣いを飛ばしたのはその件か? 」
リデルの出身であるオレアは、サルトスの王家や要人たちの護衛、側近に多く人を配している。このアカデミーにおいても、警備はオレアの者が勤めているため、リデルの下には情報が集まりやすい。アカデミーを覆う結界の一部解除の申請があったのをリデルは把握し、それはカーティオが使役する精霊を通すためだという事も分かっていた。
「うん、時期的に冬石の移動が始まる頃だったから、影響があるといけないだろう?だからトルニス王に冬石の現状をお伺いしようと思って」
カーティオがそれに答え、テーブルに置かれたままの瑠璃をするりと指で撫でると、応える様にふわりと光を強くする。
「これが示すのは、吉凶どちらだろうね……。しかし、もう少し後、春になってからだったらこんなに不安になることはなかったのに……」
四季のあるルーメンでは、それぞれ季節の女神の加護が降り注ぐと言われているが、春・夏・秋と違い、冬には季節の女神が存在しないとされている。そのため、長いルーメンの歴史の中で魔と呼ばれる存在によって各国、またルーメン全土を脅かした事実は全て冬に起きている。アカデミーが作られた経緯も、ルーメンの子らを魔から守る為だというのだから、カーティオの言葉の意味はここにいるメンバーの誰もが理解するところだ。
「生徒たちの帰省を制限する事も考えたけど、悪戯に混乱を招く必要はないし……だからと言って知らぬふりは出来ないし……」
光る守護石を睨み付けながら唸るように語るリテラート。
人一倍責任感の強い彼は、ステラの主席としても、サンクティオの王子としても生徒たちの安全を守る為にどうしたらいいのかと思考を巡らせているようだ。とはいえ、まだ不確定要素の多い事実を広めるのは得策には思えない。注意を促すにも不安を煽るだけの行為になりかねない今の状況では、八方塞がりともいえる。
「皆が実家に帰りたがらない理由をアカデミーに作ればいいんじゃないかな? 」
ダイニングの少し高い椅子から飛び降りたフォルテが、笑顔で皆のいる所までやってきた。
「例えば? 」
「例えば……そうだな……」
リテラートの座るソファの手摺に腰掛けて、じぃっと空を睨み付けるように考えを巡らすフォルテ。その様子を七人は黙って見守っている。
八人の中で生まれも遅く、身体も小さいフォルテだが、その見た目の可愛さにそぐわず、かなりの武闘派でしかも頭も切れると来ている。もともと持っていた天賦の才に加え、兄のカーティオが早々に父の後を継がないと宣言してしまったために、フォルテは後継者としての教育も早くから受けているからか、物事を広域的に見る力もなかなかのものだ。
「学年対抗で何かする! 」
「いや、その何かって何だよ」
「リテラート……それは、皆で考えようよ。いっそ、三年計画位のものにしちゃえば、リテラートみたいに家に帰りたがらない子たちも大喜びじゃない? 」
「おい……」
一段低い声がリテラートの口から出たけれど、フォルテはそれにひるんだりはしない。寧ろ可愛いと言われる笑顔のまま、首を傾げてふふっと笑った。
「その計画を実行してる間に、僕とクラヴィスで外を見てくるから、アカデミーの中は頼んだよ」
フォルテの云わんとする事が分かり、ぐっと息を詰めたリテラート。自身が動くことの出来ないもどかしさを抑え込んだ彼の代わりに、ソリオが口を開いた。
「では、僕も共に参ります」
「ダメだよ、ソリオ。神子たちを危険には晒せないでしょ。君の役目は僕を護る事じゃない、リテラートを護る事。大丈夫、クラヴィスも一緒だし、それに僕、こう見えても強いんだよ」
神子を動かせない……それはフォルテのいう通りだ。
確かに武術に置いて、メディウム内でフォルテの右に出る者はいない、それは、アカデミー内でも言えることだ。更に、同行するクラヴィスの持つシュバリエの称号が、伊達でないことも分かっている。しかし、外がどんな状況になっているか、危険はないのか……現状では分からないままだ。それなのにフォルテは二人だけで行こうというのだ。こんな時に、抑止力になるクラヴィスはフォルテに全面同意の体で微笑んでいる。
「俺も行くよ……俺は神子じゃないし。もしもの時は、癒し手が必要だろ? 」
「もしもがないに越したことはないし、俺が二人を護るつもりだけど、ウェルスがいてくれるのは心強い」
頼りにしてる、と、クラヴィスに差し出された手を向かいに座るウェルスが取った。
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