ファートゥムの見る夢

沙霧紫苑

第1話 兆候-1


 人々に語られるルーメンの物語

 この地があらゆる厄災と人々の争いに支配された時、ファートゥムの女神たちが舞い降りた。女神たちはその力を以って人と共に、全ての元凶となった魔王を撃つ。

 三年続いた祝福は、魔王の魂を浄化し、その地を豊かにし人の子らは安寧を取り戻す。そして、人の子らが新たな国を作った時、女神たちから与えられた最後の祝福が、三人の幼子となり人の王のもとに降りる。

 女神たちは告げる。

『暁の祝福は瑠璃と共に、黄昏の祝福は琥珀と共に、陽光の祝福は深紅の下へ。三の運命、三の季節を正しく配せよ。さすれば永劫の繁栄が共にある』

 成長した神の子たちは人の王により国を与えられた。

 青い衣を纏う神子は東の国メディウムへ、黄色い衣を纏う神子は西の国サルトスへ、赤い衣を纏う神子は人の王と共に中央の国サンクティオ。

 人の王は神子たちに国を任せ、終の時まで妃を娶ることなく土にかえったが、その後も、女神たちの祝福を受けた国は栄え、人は豊かになり、そこで暮らす人々は今も幸せな時を過ごしている。


 それは、この地に産まれた子らが、親から伝えられる最初の物語。この地を舞台にした神話である。







 ルーメンの西部にある国サルトス。そこには、ルーメンの子供たちが集うアカデミーがある。

 三年を一学年として、十二歳から三年毎に進級を繰り返した後、二十一歳で終了する教育は、ここで産まれた子らに平等に権利が与えられる。全寮制で部屋割りこそ生まれを考慮されるが、学び舎内で階級は意味をなさず、王家の子も、商家の子も、狩人の子も机を並べ同じ教育をされる。

 ファーストでは皆同じように基礎教育を施され、セカンドからは子の能力、希望により様々な学科を選ぶことが出来た。家庭の事情などによりサードに上るのは三分の一程度になるが、それでもここは、子供たちの理想郷とされていた。


 女神たちの加護を受けた春に新学期は始まり、夏、秋と過ごし、加護の力が弱くなる冬は、アカデミーが休みとなる。その為、多くの学生たちは冬が始まる頃に実家に帰るのだが、家族と離れてすぐのファーストは別として、セカンドとサードの寮では、研究の継続など様々な理由で宿舎に残るものも珍しくない。

 それでも、進級後の初めての長期休暇となる今年の冬は、何時もよりは帰る者が多いのではないかと見られている。



 冬の足音が聞こえ始めたある日、全ての授業を終えて寮に向かう学生たちを、学舎の最上階に位置するサロンから見下ろす者たちがいた。サロンの窓枠に身体を預けて腕を組むリテラートと、その背後で溜息を吐いたのは、彼の同級生であり、側近でもあるソリオだ。


「本当に帰らないつもりですか? 」


「あぁ」


 幼い頃から自分に付き添う彼には、作った表情など浮かべなくて良いし、彼もまた自分に対して繕わない所がリテラート自身も気に入っている。気に入っているが、最近、口煩くなったように思う。


 自主性を重んじる校風の中、セカンド以上のアカデミー内は生徒により自治をされている。セカンドでは「ステラ」、サードでは「フテラ」と呼ばれるその組織は、進級時に行われる全生徒による投票で選出される。言わば人気投票でもあるが故、選出された彼らは学生たちのあこがれの的でもあった。

 現在の「ステラ」メンバーの一人であるリテラートは、その投票で1位を収め主席となっている。


「国王様の愚痴を聞かされる俺の身にもなって下さいよ」


「それは、まぁ……すまないと思ってる」


 思ってないくせにと悪態をついたソリオに、リテラートは一歩下がると、窓に映った彼の姿へ苦笑を返した。

 ソリオがそういうのには訳がある。リテラートはセカンドに入ってからというもの、自らが出席する公式行事の時しか国に帰っていない。妹が寂しがるからとの理由で、ファーストの頃は冬になると帰っていたが、ファーストからセカンドに上がる際には早々に寮の引っ越しを終え、その時の長期休暇から今までそんな状態なのだ。


「サンクティオの王子様は、よほどアカデミー……いや、サルトスがお気に召したと見える。いっそ、そのままここに住むかい? 」


「ティエラ! 」


 開けられた扉から姿を現し、そんな言葉と共にやれやれと言った体で両手を広げたティエラは、リテラートと同じく「ステラ」メンバーである。顔だけを覗かせて、その後ろでふふっと笑ったのは、「ステラ」の次席カーティオ。彼は柔らかな笑みのまま、ティエラを促して部屋の中へ入る。


「カーティオまで……でも、今日は約束してたかな?」


「いや、瑠璃が騒がしかったから」


 そういってティエラを追い越し、リテラートの前まで歩み出たカーティオの手には、青く光る石が乗っていた。不思議な事に、自然発光するはずのないそれが、彼の手のひらの上で淡く光を放っている。どうして……と呟き、思わず伸ばしたリテラートの手は、その石に触れる寸での所で止まった。


「琥珀も。だから、多分、深紅もだと思うけど」


 ティエラもまたカーティオと同じように掌に石のはまるブレスレットを差し出してきて、もう一方の手で、リテラートの胸元を指さした。

 ジャラリと微かな金属音をさせてリテラートが自らの首にかかる鎖を引き出すと、そっとその石を握りこんだ。そして、二人と同じようにゆっくりと差し出し、掌を開いていく。


「なんだ、これ」


 開いていく指の隙間から覗くその石は、先に出された二つの石よりも強く光を放っていた。その光に呼応するように、瑠璃と琥珀の光も強くなり、まるで鼓動するかのように点滅する。


「冬石は今どこにある?」


 じっと三つの石を眺めていたカーティオは、首を傾げてリテラートに問いかけた。  

 冬石は季節の女神たちが祈りを込めたものとされ、ルーメンの冬を護る要ともいえる宝玉だ。季節を司る女神たちの代わりに、冬の間にルーメンを守護する役目を持ち、神子の血を繋ぐ一族が祈りを捧げる事でそれがなされる。

 通常、春から秋までの冬石はルーメンの中央に位置する国サンクティオに保管されているが、冬の間はひと月ごとに祈りが捧げられるそれぞれの場所へ出される事になっている。冬が迫る今頃の時期になると、神官達の手のよりサンクティオから最初に祈りが捧げられる東の国メディウムへと運ばれるはずだ。そして彼等を護る騎士団の一行は、秋の終わりを告げる風物詩でもあった。


「そろそろ騎士団と共にメディウムへ向かう頃だけど、まだサンクティオに在るはず……まさか」


 こくりと、カーティオは神妙な面持ちで頷いた。


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