第14話 支援者の視点
マックスが子どもの処置を行った部屋まで戻りながら私に説明してくれる。それの正誤や是非については私には分からない。奴隷や見世物小屋にいた子どもを引き取って育てるのに何が必要なのか、私は知らないからだ。
でもビルも否定しないし、マックスもそれを信じている様子なのは解った。もしかしたら、自分がそうして育ったのかもしれないと私は思う。だから同じように、してあげているのかもしれないと。
「それにブーツ猫の話も併せてしてる。どんなに劣悪な状況でも猫みたいな機転でひっくり返せることを教えてるし、怖かった気持ちは薄れる。猫が助けてる息子が何もしてないのは気になるが、まぁ猫に夢中になるだろ、あの話は。その上で息子のことに言及できるならそれはそれで優秀だ。目の付け所が違う」
大物になる、とマックスは自信気に言う。マックス自身がそういう子どもだったのかもしれない。言いそうだ、とも思う。
「なぁ、これもよしみだ。これからもあいつらのとこ、行ってやってくれよ」
「は?」
私が答えるより前にマックスに異を唱えたのはビルだった。意外で私は目を丸くする。
「駄目だ。彼女は伯爵の奥方だぞ」
「だから何だよ」
「伯爵の許可が出ていない」
「伯爵が次に帰ってくんのはいつだよ」
ビルとマックスの素早い応酬に私はおろおろとして二人を見守ることしかできなかった。マックスの切り返しに、ビルが詰まる。気紛れな伯爵なのか、ふらりと外出してはしばらく戻らない。いつ帰ってくるのかビルも知らないのだろう。
「あの場所に“ジゼルお姉さん”はいても邪魔にはならない。それとも“ジゼル奥様”は普段の公務が忙しいか?」
否の答えを知っているのだろうマックスに視線を向けられて、私は否定の意味で首を振る。普段いない伯爵が突然来た妻に屋敷のことを任せていくとは考えていないのだろう。私なんかより、マックスの方がよっぽど伯爵と付き合いがあるに違いないのだから理解していても不思議はなかった。
「伯爵の指示は何だった?」
「ち、地下室に行かなければ自由に過ごして良いって……」
じゃあ何の問題もないな、とマックスは両手をパッと広げてにっかと笑う。私は面食らって言葉を失った。ビルも同様に見えた。
「地下室に連れてったのはオレだ。嬢ちゃんが自分で行くのが引っかかるってんなら、毎日お姫様抱っこをして行っても良い。いつか本物のお姫様になっちまうかもなぁ」
フラヴィが言ったことをなぞっているのだろう、マックスは思い出し笑いをして喉を鳴らした。言い返せないでいるビルが意外で、私はそっと彼を窺う。目元は相変わらず見えないし、唇はいつも通りに真一文字に引き結ばれている。いつも通りと言えばいつも通りな気がした。
「伯爵を納得させられないならオレが上手い言い訳を一緒に考えてやるよ。大体マックスのせい、にしておけば何も言わねぇだろ」
にしし、とマックスは楽しそうに笑う。お前はいつもそうだ、と言いながらビルが息を吐いた。呆れたような物言いにマックスがまた笑う。私はそのやりとりに、二人の過ごしてきた時間の長さを感じた。
何となく、何となくでしかないけれど、そうやって二人で支え合いながら何年も一緒にいたような雰囲気を感じたのだ。まぁ本当にそうなのかはあまり人との関わりが多くない私にはちょっと、分からないけれど。
「それに一度だけ現れたお姫様みたいな女の子、しかも伯爵の奥方だ。来なくなったら伯爵の言い付けを破ったんじゃないか、って御伽噺が効きすぎる。震え上がらせるためにあの話を選んだわけじゃない。嬢ちゃんが“ジゼルお姉さん”としてあの場に馴染めば大丈夫だろ。しばらくは類似性を見つけようとするチビどもがいるだろうからな」
一時的に保護しているだけで永遠に地下に閉じ込めておくつもりがないから、二人は子どもたちの将来に心を配る。子どもたちに与える影響を考慮し、最善を選ぼうと意見を出し合うのだ。対立することはあっても喧嘩に発展することはない。私にはその姿が、ひどく眩しく見えた。
「……ということだ。あなたにも手伝ってもらう」
渋々、といった様子ではあったけれどビルが私に言った。覚えることは山ほどあるぞ〜とマックスが茶々を入れてくるのをビルは鬱陶しそうにしたけれど、はい、と私は頷く。
此処に来てようやく何か役に立てるかもしれないことが見つかった。そんな気がした。
「精一杯頑張ります! 色々教えてください!」
とは言ったけど。意気込みも充分だったし嘘ではない。けど。
「思ったより……い、忙しい……!」
連日、子どもたちと一緒になって遊び、危険がないか見張り、悪いことをすれば心の中でやるぞと覚悟をして叱り、誰かに親切にすれば褒めた。喧嘩をすれば仲直りを教え、親切にされればお礼を言う姿を見せ、困っている人には屋敷の者であろうが子どもたちであろうが自分から手を差し伸べた。
けれどそのどれも、私は自然にできない。子どもたちと一緒になりながら使用人の皆に教えられ、実践し、学んだ。両親から教わったことは沢山あるけれど、人との関わりが少なかった私に友人との、同世代との関わりは教えられることがない。ジゼルお姉さんも“マックスの患者”みたい、とはフラヴィの言だ。
それを聞いた時、否定できなくて私は苦笑してしまった。
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