第13話 絵本作戦
「先生?」
同じ疑問を乗せたのはテレーズに、フラヴィだ。ええ、と私は頷く。どう笑ったら私の言うことは受け入れてもらえるだろう。信用してもらえるだろう。テレーズはどう笑っていたっけ。普段、皆と関わる時に。
「私が此処へ来たのはたった二ヶ月前なの。私よりも皆の方が此処のことをよく知ってるのだろうし、テレーズはもっと先輩ね。だから私、テレーズに色々習っているのよ。
ね、お願いテレーズ。あなたが普段どうやってるのか私に教えてくれる?」
う、とテレーズは言葉に詰まった。ごめんね、と私は思う。立場を利用して断りづらくしているのは私だ。でも私のせいで二人に禍根を残して欲しくない。
これで上手くいくのかは分からないけど、マックスも、あのビルもおそらくは手を貸してくれたと思うから私は祈る。お願い、と願った。
「当然ジゼルお姉さんも手伝うんだよな? なぁ、テレーズ見せてやれよ。お前の迫力満点の読み聞かせ、オレも好きだし。チビどももそうだろ?」
今や私たちの周りには絵本を読むのかと興味を持った子どもたちが集まっていた。誰が読んでも子どもたちにとっては良さそうだ。むしろ何を読むのかの方に興味関心があるようで、読んで欲しい絵本を持ってきた子どももいた。
「……分かりました! 読みます!」
思い切って受け入れたテレーズに私は自分でも顔が輝くのが分かった。彼女の勇気に拍手をしたい気持ちで一杯だ。
「よっ、それでこそテレーズ! ほらチビども集まって座れ。テレーズが絵本を読むぞー。今日は助手のジゼルお姉さんも一緒だ」
「じょ、助手って、何をすれば……?」
勢い余って手伝うと頷いていたことに気付いたけれど、よく考えたら何をすれば良いのか分からなくて私はこっそりとマックスに近づいて小声で尋ねた。マックスはにっかと笑ってテレーズの横に私を座らせる。
「見てろ。チビどもの顔と、テレーズの様子と。余裕が出てきたら参加しろ。別に何も言わなくて良い。皆と同じように感情を動かせ。嬢ちゃんはまず知ることから始めれば良い。
知らないことを知るのはな、楽しいぜ。此処の伯爵が教えてくれたことだ」
離れる間際に私へマックスはそう囁く。それから子どもたちと一緒にテレーズの読み聞かせを聞こうと後ろの方に座った。マックスを慕った子がぴたりとマックスにくっつくようにして座る。それを受け入れ、マックスは指を差しながら絵本を見るように誘導していた。
テレーズが読み聞かせを始めると、部屋は突然劇場に姿を変えたかのようだった。劇場なんて行ったこともないけれど、そう感じたのだ。同時に、懐かしさも。
子どもたちの目は釘付けになり、テレーズが語る絵本の世界を一様に思い描く。テレーズの語り口は母を思い起こさせた。幼い頃、寝しなに語り聞かせてくれたお伽噺のように。
誰もが夢中になっていた。その中でビルの様子だけが分からなくて私はそっと彼を窺う。目元が見えないから、というのは大きな理由だと思うけれど彼には表情の動きがないのだ。子どもたちのような、マックスのような、動く感情が見えない。感情を動かせ、とマックスが言ったのは私にそれを気付かせるためだったのでは、と思うほどに。
絵本は二つ読まれた。恐ろしげな青い髭を持つ裕福な男性に嫁いだ娘の話と、ブーツを身につけた猫の話だ。どれも臨場感に溢れていて怖くて、ハラハラして物語の結末を一緒に辿った。夫の言い付けを破った娘の話は何だか身につまされた気がしたけれど、気付かなかった振りをする。でもだからこそ、その話が子どもたちをこの場所から出さないためのものであることはすぐに解った。
大人の、誰かの言い付けを守ること。子どもたちはその大切さをこの絵本から学ぶことになるのだと。
「無意識下に恐怖を植え付けるのは有効だ。言い方は悪いかもしれねぇがな」
大部屋を出たところで私が尋ねれば、マックスがそう答えた。
絵本作戦は功を奏し、また読んでね、とフラヴィがテレーズに話しかけるのを私は見てまた拍手を送りたくなった。マックスと顔を見合わせ、マックスがにっかと笑うのを見て良かったと胸を撫で下ろす。そのままお昼寝の時間だからとマックスに連れ出されて、廊下を進んだ。
「あいつらはまだ治療中だ。外に出すわけにはいかないんでな。今までいた場所とは違う場所、安心で安全で誰も自分を脅かさない場所。そうあいつらが心の底から信じられるまでは出してやれない。そしてそう信じ始めた頃にあの絵本は効くんだ。言いつけを守れってな」
絵本では娘を助けに来てくれる人物がいたけれど、あの子たちが此処へ来るまでに助けてもらえたことはどれだけあっただろう。最初に差し伸べられた手が、此処へ来るための手だった子だっているのかもしれない。そう思うと気分が沈んだ。
「恐怖で行動を制限するなんて、って嬢ちゃん思ってるか? けどな、人の行動を制限するのは恐怖だ。痛みとか、苦しみもあるけどそれが帰結するのは恐怖や嫌悪。そういう思いはしたくないから避けるようになる。
悪いことばかりでもない。例えば一定の高さから落ちれば痛いし怪我するし下手すりゃ命に関わる。そういうものが危ないもの、怖いものって教えるのはオレたち大人の役目だろ?」
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