第10話 秘密の共有


「あうう……」


 見られた、と思った私は目を開けられない。これが原因で私は気味悪がられた。魔女が生まれたと言われ、避けられてきた。私もこれが原因ならと隠してきたのに。テレーズにだって、隠しているのに。


「綺麗だ」


「──っ」


 聞こえた言葉に私は驚いて目を開けた。にっこりとマックスが笑っている。白い歯を見せて笑った様子は不気味がってはいないようだ。


「綺麗な緑だ。なぁ、ビル。お前もそう思うだろ?」


「あ、あぁ、……そうだな」


 流石のビルも気を遣ってくれたのかもしれない。だけど間があってもそんな風に言ってもらえたことはなくて、私は信じられない思いで二人を見た。両親しかそんなことは言ってくれなかった。前髪を伸ばしても何も言わなかった。


「それを気にして前髪を伸ばしているなら、その、気にする必要はない、と思う」


「……」


 ビルが言葉にしづらそうにしながらもそう言うのが信じられなくて私はビルのくるくると跳ねた髪を見つめた。その奥にある目を見たいと思うのに長すぎて見えない。


「お前もその髪切れば? 鬱陶しくね?」


「俺のことは良い」


 面倒そうにビルは答え、マックスは気にした様子もなく笑った。二人とも私の目の色なんて気にしていないみたいだ。ごく普通の、ありふれたことのように既に慣れきった様子でいる。


「とりあえず、医者の言うことは聞いといた方が良いぞ。嬢ちゃんはその傷が塞がるまでは前髪下ろすの禁止な」


「え」


「ってことで行こうぜ。ビル、案内しようとしてただろ?」


 マックスは私の困惑などお構いなしに、未だに意識が戻らない子どもを抱き上げると顎で扉を示した。はぁ、とビルは何度目かも分からない溜息を吐く。そうだ、と頷いて私に手を差し出した。固い寝台から降りるのを手伝ってくれるらしい。


「あ、ありがとう……」


 私はお礼を言って降りる。スタスタと歩き出すマックスの後ろをついて行きながら、ビルが口を開いた。


「伯爵の噂を知っているか」


「あの、奴隷商人がどうとか……地下で子どもを切り刻んでるとか……?」


 私が答えると、そうだとビルは頷いた。噂自体は本物だと。


「切り刻んでるのオレな!」


「ややこしくなるからお前は黙ってろ」


 前を歩くマックスが楽しそうな声をあげて言うから私は驚いてしまったけれど、ビルが説明してくれるつもりはあるようだから続きを待つ。


「奴隷商人もそうだし、移動式の見世物小屋から引き取ることもある。いずれも体に異常があり、およそ人としては扱われない子どもたちだ。元は先代の伯爵が始めたことで、それを継承している」


「オレもそうだぜ! 手先が器用すぎる異国の子どもって見世物小屋で地味なショーやらされてた! 五分以内に編み物するとか、刺繍するとか、百本ある針の穴に糸を通すとかな! 全部ちゃんとやってんのに絵面が地味すぎるって後で折檻されるんだぜ! 自分で考えたくせに! 痛かったなぁ〜!」


「え」


「だから黙ってろ」


 マックスの明るい語り口と語られる内容とに乖離がありすぎて何を聞いているのか分からなかった。見世物小屋は行ったことがないからよく知らないけれど、奴隷のような扱いなのだと思った。ビルが遮ったけれど、マックスにとっては明るく話せる内容なのか、それともそうでもしないと言えないことなのかもしれない。


 伯爵はそういう子どもを引き取っている。今回の子どももそうだ、とビルは言った。足を引き摺って歩く割に運動能力が高いから多少値段を落とされて奴隷として売られていたと。それを伯爵が買った。


 買うことでしか身柄を保護できない。本当は資金になるからお金など渡したくはないと思っているらしいことを聞いて、伯爵の印象がだいぶ変わった。


「あいつは腕の良い医者だ。元が見世物小屋出身だから正式に医者としては認められないが。治療すれば奴隷なんて道じゃなくても生きていけるようになる。可能性が広がる。……伯爵はそう考えている。その子どもたちの世話を、俺がしている」


「子どもたち?」


 今回だけじゃないことは話を聞いていれば解ったけれど、零された言葉に私は首を傾げた。そう、とビルは頷く。地下の部屋から出た先では長い廊下が続いている。等間隔にランプが掲げられていた。部屋がいくつもあるようで、向かい合った扉が見えた。その一番奥に辿り着き、マックスがまた足で扉を開く。中でわっと歓声があがった。


「マックスだ! 今度はどの子? その子?」


「ビル! お腹空いた!」


「お姉さんだれぇ?」


 私は目を丸くする。寝台がいくつも並べられた広い部屋では子どもたちが一斉に開いた扉の先にいる私たちへ視線を向けたのだ。どの子も大人のシャツを着て脚は剥き出しだ。手足に包帯をしている子が多い。いずれも十歳未満の子どもに見えた。でもどの子も顔は明るく、警戒心は見られない。初対面の私にも心を許しているように見えた。


「おーおー、元気にしてたかチビども。新入りはまだおねんね中だ。静かにな」


「はーい」


 マックスの言うことをよく聞いて子どもたちは小声で返事をする。その中で、あれ、と驚いた声をあげる娘がいた。奥様、と続いた声はテレーズだ。


「え、どうしたんですか。マックス先生と一緒? 此処、見つけちゃったんですか?」


「……そうだ」


 驚いている私の代わりにビルが答える。へー、とテレーズも驚いてぽかんとしていたけれど、すぐに切り替えてにっこりと笑った。


「ヴリュメール邸の地下施設へようこそ、奥様! 歓迎します!」


 だから静かにしろって言っただろ、とマックスに怒られたテレーズの言葉に私は益々目を丸くしたのだった。


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