第11話 歓迎された地下施設
「地下……施設……」
広い部屋では子どもたちが楽しそうに笑っている。興味深そうにマックスが抱える新入りの子どもを覗き込もうとしたり、私を物珍しそうに見たり、反応は様々だ。元気一杯で、切り刻まれて呻くような様子はない。
「お姉さん誰? もしかしてお姫様?」
好奇心旺盛なのか、私のところまで近寄ってきて女の子が尋ねる。腕に包帯を巻いていた。キラキラとした栗色の目は微塵も私を恐れてはいない。
「……伯爵の奥方だ」
答えられない私に代わってビルが答える。おくがた? と少女は首を傾げ、そう、とビルはただ頷いた。幼すぎて聞いたことのない単語なのかもしれない。
「綺麗なお顔にドレスを着てるから読んでもらった絵本に出てくるお姫様かと思ったのに、違うの?」
真っ直ぐに向いた目がにっこりと笑うから私は息を呑んだ。私をお姫様だと言ってくれる人は今まで誰もいなかった。そんな綺麗なものとは縁遠い、魔女と呼んだのに。
「あれ、お姉さん、おめめ、綺麗」
マックスと同じ言葉を再び聞いて、私の目には思わず浮かんだものがあった。驚きから目を擦る。温かなそれを指の腹に感じて、自分で自分に驚いた。
「お姉さん泣いてるのー?」
「なななな泣いてるんですか⁉︎」
慌てた様子でテレーズが走ってきて私は苦笑する。大丈夫、なんでもないの、とテレーズに笑いかけ、少女に恐る恐る視線を向けた。私の足元からじっと見上げてくる少女は私の顔を凝視しているのに恐れている様子はない。
きっと何も知らないからなのだ。知られれば、きっとこんな風には見てくれなくなる。そう思うのに、キラキラと輝いた目は私を不思議そうに見ているばかりで全く恐れない。
「ねぇあなた、お名前は?」
「フラヴィよ。ビルがつけてくれたの!」
「そう、ビルが」
子どもの名前をつけることがあるのかと驚きはしたけれどそれは表情に出さず、私は微笑んだ。ビルの話によればこの子も奴隷だったり見世物小屋にいたりしたのだろう。私の知らない世界だ。私とは違う辛酸を舐めてきたかもしれない子。もしかしたら遥か昔の逸話よりも、おとぎ話のような存在よりも、ずっと現実の方が苦しくて怖いものだと、もう知っているのかもしれない子。
それなら魔女なんて怖くはないのかもしれない。
私は屈み込んで少女と視線の高さを合わせた。幼い私に両親がよくしてくれた動作だ。他の大人は皆、高いところから私を見下ろした。忌まわしいものを見る目を向けてきた。けれど、両親は違った。私はそれを子ども心に解っていて、嬉しかったのを覚えている。だから同じことを、嬉しかったことは他の子にも渡してあげたい。
「フラヴィ、私はジゼル。ドレスは着ているけどお姫様じゃないの。お姫様じゃなくても私に此処のこと、教えてくれると嬉しいのだけど」
「もちろんよ! あのね、此処には“マックスの患者”が一杯いるの! わたしもそう!」
フラヴィは包帯を巻いた腕を私の前にずいっと差し出してみせた。マクシミリアン先生な、とマックスが奥のベッドへ向かいながら顔だけこちらに向けてフラヴィに言う。それがマックスの正式な名前なのだろう。けれど、はーい、マックス先生、とフラヴィは良いお返事をして彼を愛称で呼んだ。
「ビルや、テレーズ、トマに、イヴォンヌ、他にも一杯毎日来て遊んでくれるのよ! ご飯も一日二回! お腹一杯食べて良いの! それにね、特別な日にはおやつも出るのよ! この前はえっと、えっと、ハクシャクの結婚式だったからってケーキが出たの! ケーキよ、ケーキ! お姉さん食べたことある?」
ほっぺたが落ちそうなくらい美味しかったの、とフラヴィは自分の頬を両手で持ち上げるようにしてにっこりと笑う。味を思い出しているのか、幸せそうな笑顔だ。
そのケーキは。私が苦行と感じて耐えたあの晩の話ではないのかと思うと素直に食べたことがあると答えるのは気が引ける。けれどあの苦行の結婚式の裏でこんなに可愛い笑顔が溢れていたと思えば、悪いものとも思えなかった。
それにしても、と私は彼女でも伯爵を知っているのだと思って少なからず驚く。
「伯爵……伯爵も此処に来るの?」
ビルに知られてしまったから此処へ伯爵が来ようと私が訪れたことは知られるだろうけれど、あの少しも笑わない伯爵がこの子たちとどう接しているのかは想像ができなくて、だから尋ねた。でも、来ないわ、とフラヴィにすぐ否定されて目を瞬いた。
「ハクシャクは忙しくて会えないんだって! でもハクシャクのおかげでわたしたち、ここでご飯を食べたり遊んだりできるって、マックスが言ってる! だから会えたらありがとうって言うの!」
伯爵への好感度が高くて驚いた。姿を見せることはないようだけれど、伯爵の意志で子どもたちを保護しているということが働く皆のおかげで知れ渡っているようでもある。
「だってよ、ビル」
「……伝えよう」
話を聞いていたのか、マックスがそうビルに話しかけた。ビルは落ち着いた様子で返す。一番伯爵に近いのは彼だ。伝える機会があるとしたら彼しかいないだろう。
「それからね、怪我が良くなったらお外に出られるのよ! 色んなお仕事を覚えられるように勉強もさせてくれるんですって! ねぇジゼル……」
「奥様、よフラヴィ。ジゼル奥様と」
「ううん、良いの、テレーズ。私も皆と同じ、名前で呼んで欲しいわ」
フラヴィを
「もしかしてお姉さん、奥様なの? ご、ごめんなさい、わたし」
急に怯えた色を浮かべるフラヴィに私は胸の奥がぎゅっと苦しくなる感覚を覚えた。
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