お題2「大吉・大凶と言えば」 #140字小説 二百物語 延長戦より

 私は「神様はいる」って信じている。ううん、信じたいの。だって…


 今年も冬が近付く。私の一番古い記憶は七五三。甘い甘~い千歳飴を両手に持って、満面の笑みを浮かべる私。その頃のアルバムを見て、うっすらとした記憶が蘇る。似合わない真っ赤な着物に身を包み、初めてのおめかしをして。両親に手を引かれ、神社に行っておみくじを引いたわ。そこに何て書いてあったかなんて、全然覚えていないけれどもね。


 幸せな家庭に育ったと思う。両親は優しかったし、食事も生活も何不自由なく過ごしてきたわ。兄弟はいないけれども、小さい頃から一緒に育った愛犬が一匹。血統書付きのミニチュアダックスフントで、名前は『マテリアル』っていうの。「あなたが名付けたのよ」ってママに聞いたわ。何故『原材料』なんて名前にしたんだろう?多分、意味も分からず言葉の響きだけで決めたんじゃないかな。女の子に似合う名前をって思って。将来、実際に私が私の子供に名前を付ける機会なんて訪れない。だから、あれが生涯ただ一度の名付けになるわね。


 七五三をやったあの神社へ、ママに押されながら来たの。家からゆっくり歩いても10分かからない近場。舗装された道路に出るまでの、森の樹々の間を抜ける林道。でこぼこの地面や、張り出した木の根が私の体を揺らす。木漏れ日が眩しい。指先がかじかむくらい寒いけれども、膝の上に掛けた毛布と、その上でくつろぐ私より先にお婆ちゃんになったマテリアルが暖かい。「先に逝っちゃ駄目よ」冷たい手でひと撫ですると、寝ぼけ眼で私の方をチラッと見て、またマテリアルは丸くなった。


「昔みたいに、おみくじを引いてみたいな」

 私の何気ない一言。

「そうね。久しぶりに引いてみよっか」

 後ろからママが優しく答えた。


 大凶。おみくじでは大吉より少ないという最悪の卦。それが今年の運勢。待人は来ず。失物は出ず。売買も旅行もするな。どの項目にも良い事は何一つ書いていない。私はクスッと笑う。だって、ここまで酷いなんて思わなかったもの。そして“病”の項目に目を移す。

“長引くも心安らかに養生せよ”

 と出た。今の私にとって、この言葉は“大吉”だったの。


「そっか…長引くのかあ…」

 車椅子を押すママに、そっとおみくじを手渡す。

「神様、有難う」

 口の中で呟くと、サッと振り返って、その箇所を指し示しながら言ったわ。自分でも驚くほど弾んだ声で!


「ねえ見て。私、もう少しだけ、生きられそうだよっ」

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