第7話
いつまで経っても眠気がやってこない。
もう11時を過ぎており、いつもなら床に就く時間だ。
明日は土曜日だから別に早起きする必要はない。だけど、眠れないというのは無性に不安になるものだ。
普段寝つきがいいから、余計にそう思うのかもしれない。
原因は分かりきっている。カフェインの摂りすぎだ。
結局、わたしたちはチョコ、キャラメル、メイプルの3種類のドリンクを飲んだ。飲んでしまった。
いつもは小さな紙コップ1杯だけだったから、睡眠に影響が出たことはなかった。
甘みや風味が加わったせいで、コーヒーを飲んでいるという意識が薄れたことも、飲みすぎてしまった原因だ。
「ほのかは寝れてるのかな」
2杯目も3杯目も、1杯目のような新鮮な反応を見せたほのかを思い出す。
カフェインじゃなく、糖分の摂りすぎの心配をして「太ったら責任とってよね」と騒いでいたが、終始にこにこと嬉しそうに飲んでいた。
いつも自販機で甘さとミルクを最大値にしているほのかが、わたしよりもカフェインに強いとは考えられない。
眠れない夜を過ごさせてしまったのなら申し訳ないな、とベッドの中でほのかを思う。
何度目か分からない寝返りを打って、時計に背を向ける。
寝苦しかった夏は名残すら過ぎ去り、窓の外で鳴く虫は秋の気配を感じさせる。
そろそろ厚手の羽毛布団を干して準備しておかないといけないかもしれない。
文化祭まであと2週間。
わたしと思い出に残ることがしたいと、ほのかは言っていた。
わたしにとっては、今日のできごとだって充分思い出に残るものになった。
ほのかだって、多少は大事に記憶の箱へとしまってくれるのではないかと思う。
ほのかはどんな思い出を欲しているのだろう。
どうすればほのかは満足するのだろう。
考えはじめたらますます眠れなくなりそうだ。ほのかをさっさと頭から追い出し、布団の端をきつく抱きしめた。
そのとき、枕もとに置いたスマホがむーむむ、と振動した。
まぶしい画面を見ると、通知欄にはほのかの名前があった。
ほのかが?
こんな時間に?
わたしとほのかは、放課後はいっしょに過ごすことが多いけど、スマホでメッセージをやりとりすることは少ない。
連絡があったとしても、テスト範囲だとか、行事への持ち物だとか、重要な確認事項があるときだけ。
ロック画面に表示された時刻は、0時をとうに過ぎている。時間を考慮できないほどの連絡とは何だろうか。
少し胸がざわつくのを感じながらロックを解除し――すぐに笑いとため息の中間のような吐息が出た。
『まりん、りんりん、まんでりん』
不必要の極みのようなメッセージ。
何を考えているかは分からないが、ほのかも眠れていないらしい。それだけは伝わった。
『あいさつもなしにいい度胸してるな』
吹き出しが表示されると同時に「既読」がつく。
この画面の向こうで、ほのかも起きている。街のすべてが眠っているような静けさのなかで、行き場のない時間がわたしたちの間に降りてきた。そんな気がした。
『やっぱまりんも起きてた』
出会って1年半も経っているというのに、「凛」か「凜」で迷い、挙句の果てには「鈴」だった気もしてくるなどと言い、ほのかはいつもわたしをひらがなで呼ぶ。
そのせいか、わたしはほのかの前では少しだけやわらかくなる気がする。
『ほのかも眠れないんだ』
すぐさま3日は寝てなさそうな猫のスタンプが現れる。
よく秒でぴったりのスタンプを見つけられるものだと感心するが、スタンプの後はどうすればいいのかといつも疑問に思う。
スタンプで返せばいいのか、話題を変えてもいいのか。迷っていると、ほのかが連続でメッセージを送ってきた。
『ねー電話していい?』
少しは歩み寄ってくれていた気がする眠気が、また一気に吹き飛んだ。
ほのかと電話なんてしたことがない。
人に話したら、それは本当に友だちなのかと言われると思うが、わたしたちの関係はそうなのだ。
お互いに「その程度」と思っているわけではない。
四六時中連絡を取りあうことが仲よしの条件だと思っていないだけだ。少なくとも、わたしはそう感じている。
ますます返事が難しくなった。
ほのかは一体何を求めているのだろうか。
いつもと違うことが立て続けに起こると、コーヒーのせいであんなに冴えていた頭が回らなくなる。
返信できないまま、ほのかのメッセージが届いてから1分が経った。
このまま寝落ちしてしまったことにしようか――そう思いつつ、誰が見ているわけでもないのにゆっくりとまぶたを閉じた。
その瞬間。
スマホがいつにない勢いで震えはじめた。
そんな機能があったのかと驚きすら感じる。
わたしは頭まで布団を被り、意を決して通話のアイコンを押した。しかし、繋がらない。押すだけでは出られないみたいだ。
スマホで電話するのが久しぶりすぎて、操作方法すら忘れている。
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