第5話 赤い月と王都の異変
それから一日ほど経過した夜。
既に日はとっぷりと暮れ、ガーネットたちは王都を出て、郊外の森の一角に馬車を止めて休息をとっていた。
そんな折――
いつのまにか眠り込んでいたガーネットは、ふと目を覚ました。急にぞわっと寒気を感じて。
目がやたら腫れ、頬も涙の跡で汚れているのが自分で分かる。
散々喚いた後、知らないうちに寝てしまったのか。慌てて起き上がると、マリンからそっとハンカチを差し出された。
「あれ? やだ、私、何で……
マリン、何も見てないわよね?」
「大丈夫です。ガーネット様が泣きながら寝言でディアディア言いまくってらっしゃったことは、誰にも申しませんのでご安心を」
「い、いやぁー!?」
「……お静かに。
少々、外の様子が変です」
そう言いながら馬車から外を眺めるマリン。横顔はいつもより厳しい。
ガーネット自身も、目覚めてから奇妙な悪寒にとらわれている。これはもしや――
慌ててガーネットはマリンの横から身を乗り出し、空を見上げた。
――すると。
「え、嘘?
月が――赤い?」
ガーネットが目にしたものは、いつもの白さが嘘のように真っ赤に染まった月。
同時に空全体も、血のように赤黒く染められつつあった。
さらにそこかしこから、魔物の気配をびんびん感じる。その上、赤い月を横切るようにして上空を羽ばたく黒い有翼の集団――
あれは、魔物の群れではないだろうか。
「あの魔物たち。まっすぐ王都に向かっていますね……」
マリンの言葉に、思わず震えるガーネット。
あんな魔物の集団が、もし王宮を襲ったら――王子は。
ついそんな思考になってしまった自分に、慌ててぶんぶん首を振った。
そんな彼女の心を見透かしたかのように、マリンが呟く。
「ご自分を追放したクズ王子に、早速天罰が下りましたね。お嬢様?」
「そ、そんなこと……」
思えるわけがなかった。
頭をよぎるのは、王子の優しい翡翠の瞳ばかり。
違う。あいつは、浮気した上に妙な理由つけて私を追放したクズ王子よ。
そう自分に言い聞かせるガーネットだが、そんな時彼女の耳に聞こえてきたのは――
多くの人々のざわめきだった。
「えっ?
こんな夜更けに何故、森の中を大勢の人が……?」
「これは……身なりからして、王都から逃げてきた民では」
ガーネットとマリンは警戒しつつも馬車を降り、周囲を確認する。
森へと逃げてくる人々の数はどんどん増えてくる。しかも多くの者が着のみ着のまま、最低限の荷物しか持っていない。
中には負傷しながら逃げてきたらしき者たちもいて、マリンが大急ぎで治療へと向かった。
ガーネットも慌ててその後を追う。
「貴方たち! 一体王都で何があったの!?」
「こ、これはガーネット様……どうか、どうかこの子に治療を!
逃げている間に魔物に襲われ、火傷をしたのです」
苦しむ子供を抱きしめ、ガーネットたちに訴える煤だらけの母親。
マリンが術を施すと、青い治癒の光と共に子供の火傷はすうっと消えていったが――
ガーネットは不安にさいなまれ、思わず尋ねた。
「どうして? 何故、急に王都が……
この赤い月のせい?」
泣きながら、子供の母親が答えた。「世にも恐ろしい光景でした。
あの赤い月が出ると同時に、空から大量の魔物が、王都じゅうに襲いかかってきたのです。
その直前に王宮からおふれが出ていなければ、私たちは皆死んでいたでしょう」
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