第4話 傷つけられた優しい思い出

 

「もう、もう、もー!!」

「そんなにモーモー言っていると牛になりますよ、ガーネット様」


 数刻の後。

 王宮を追い出されたガーネットは、マリンを従えつつ馬車に揺られていた。

 日が落ちかけて薄暗くなり始めた街道を、わびしく走っていく馬車。

 懐かしの故郷・グルナディエ家への帰還であるが、当然彼女の心は穏やかではない。


「言いたくもなるわよ! 何よアレ!!

 ボクのこと、愛称で呼ぶのもユルサナーイ♪って、あいつがあんなクズだなんて思わなかった!!」

「正直、ディアディアと連呼しまくるガーネット様は私も鬱陶しかったです」

「それでも、昨日まではあいつも結構優しかったのよ!? あんな不器用でも……

 かなり仲良くなってたはずなの。二人だけの秘密のおまじないとかしたりするレベルに!!」

「そんなことまでやってたとは初耳です」

「二人だけの秘密だったんだもの、当然でしょ。

 それに、聞いてよ!!」


 ガーネットはふと、自分の右手首を見つめる。

 そこには微かに赤く染まった、糸のように細く消えかかっている傷跡があった。


「マリンだって知ってるでしょ。

 この前ディアが、私を抱こうとした時――

 うっかり、自分の水晶でここに傷をつけちゃったこと」

「そうでしたね。

 あの時の殿下はたいそう慌てて、ガーネット様の手当てをされていました。

 私の回復術を使えばたちどころに治るものを、それさえお忘れで必死にガーネット様に包帯を巻いておられましたね」

「……そうよ。

 だからなおさら、信じられない……」


 そう。いつだってディアは、私を気遣ってくれた。

 自分の身体から飛び出した水晶が、私を傷つけないように。


「最初はとても不器用で、なかなか私に触れてくれないと思っていたけど……

 それは全部、自分の水晶で私を傷つけない為だった。

 私に触れる時は、まるで硝子の人形を扱うように、大事にしてくれていたの」


 ガーネットの荒ぶる感情。声には次第に嗚咽が混じっていく。

 じっと聞いているマリン。


「それが分かった時は、この人は不器用でも、とても優しい人だって……そう、思っていたのに。

 なのに……なんで?」

「確かに、不可解な部分は多いです。

 しかし、殿下があのように仰る以上、従わないわけには参りません」

「……でも。

 どんな顔して、家に帰れってのよ」



 ガーネットの生まれたグルナディエ家は先祖代々、術に長けた血筋であった。

 彼女の直系には国を守る聖女に選ばれた者も多く、ガーネットにもその力は期待されていた。実際、彼女の術の実力は誰もが認めるところだ。

 水晶王子の呪いを解く為に、ガーネットが選ばれた――両親も周囲の者たちもガーネット自身も皆、そう信じて疑わなかった。

 なのに――


 自分の力が足りなかったのか。

 自分の力で王子の水晶を溶かす為、ガーネットは毎日のように闘技場に行って修行をしていた――それは王子だって奨励していたはず。

 水晶が消える気配は殆どなかったが、それでも王子は優しくガーネットの手を握り、言ってくれたのだ。吸い込まれるかのように美しい、翡翠の瞳で。



 ――君と一緒なら、いつかきっと、呪いが解ける気がする。



 その言葉とまなざしを思い出し、ガーネットは思わず頭をかきむしった。

 あの時は、あんなに優しかったのに。一体、どうして?

 そんな想いを振り切るように、ガーネットは叫ぶ。


「あー、もう!

 聖女たるこの私を見捨てた罰として、とっととざまぁされればいいのよあんな奴!」

「ガーネット様、さすがに言葉が過ぎるかと」

「いいもん、婚約者たる聖女を見捨てて女騎士に走る王子なんて、どうにでもなれってのよ!

 マリン、あんたはそう思わないの!?」

「正直、サファイア様にも若干の動揺が見られたように思いましたが……」

「そんなの関係ないっ!

 あいつは私を裏切ったの、私ごと自分の使命も忘れて私情に走ったクズよ!

 あんのハゲ王子、もう許さない!!」

「髪の毛がないからといってハゲ呼ばわりはどうかと思います」

「うるさーい!

 ぜったい、許さーん!! あのハゲー!!」


 王都の空に、ガーネットの絶叫が空しく響きわたった。



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