第6話 泥棒猫の来訪

 

 思わず身震いするガーネット。

 それでは王宮は――王子は、一体どうなった?

 しかも、直前におふれが出されていた、とは?

 ガーネットの疑問を代弁するように、マリンが聞いた。


「つまり、王宮ではこのことが事前に分かっていたというのですか?」

「そこまでは、私たちには……

 ただ、大勢の騎士様が都じゅうを駆け回り、私たちに避難を呼びかけておられました。そこにはあの、水晶の王子様のお姿もあって――」


 王子が――ディアマントが?

 だとすれば、彼は、こうなることを分かっていた?


 茫然とするガーネットの耳に、さらに人々の言葉が響く。


「そうそう。水晶王子様が先導してくれたから、俺らも何とか逃げ出せたんだよ」

「あの王子様の一声は強力だからね。騎士たちのおふれだけじゃ信じられなかったけど、王子様の言葉でみんな動けたんだ」


 次々と森にこだまする、人々の声。

 その時、ひときわ高いひづめの音が響いたかと思うと、立派な宝石で美しく装飾された馬車が一台到着した。明らかに王宮の馬車だ。

 思わずガーネットは振り返る。もしかしたら、王子が逃げてきたのでは。

 そんな期待をこめて馬車を見つめたが――



「ガーネット様! ここにおられたのですか」

「え、嘘、サファイア!?」



 馬車から降りてきたのはなんと、女騎士のサファイア。

 泥棒猫!と思わず叫びそうになったが、ガーネットはぐっとこらえる。

 何故なら、サファイアの鎧はあちこちが砕けてボロボロ。美しかった黒髪は乱れ、顔には焼け焦げさえ見えた。

 王都でどれだけ激しい戦闘があったのか。


 それでもサファイアはガーネットの前にひざまずき、ひたすらに頭を下げた。


「申し訳ありません、ガーネット様!

 ……私は貴女に、大変な無礼をはたらいてしまった!!」

「ど、どういうこと?」


 ガーネットには理解できない。

 王子が自分を追放する最大の原因となった浮気相手たるサファイアが、何故謝っている?


「ねぇ、顔を上げてサファイア。

 私、何が何だかさっぱり……」


 思わずサファイアに駆け寄ったガーネットとマリン。

 そこへ、馬車の中から勢いよく飛び出してきたのは。


「ガーネットー!

 う、うわぁああぁあん!!」

「と、トパジオ王子!? 貴方まで、何故ここに?」


 泣き叫びながらガーネットに飛びついてきたのは、クリスタッロ王国第二王子・トパジオ。

 まだ10歳の幼い少年でしかない彼はわんわん泣きながら、ガーネットの腕にすがりついてくる。

 明るいオレンジ色のちぢれ毛がふるふる震え、大きな青い瞳からはとめどなく涙が流れていた。


「ガーネット! お願い、兄上を助けてぇ!

 酷いよ、兄上……あんなこと言って、ガーネットを遠ざけるなんて!!」


 異母兄弟でありながらも、トパジオは兄のディアマントをたいそう慕っていた。

 兄の婚約者であったガーネットとも仲良しで、兄と対照的に人なつっこい笑顔をよく見せていたものだ。

 そのトパジオが今や号泣しながら、ガーネットに哀願してくる。兄の救出を――


 そんな第二王子とガーネットを前にひざまずいたまま、サファイアは告げた。



「間違いありません……

 これは何百年に一度と言われる、クリスタッロの大災厄です!」



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