『花』 白丘華楓

11/29〜


花を見ていました。

病室の窓から見える、凛と佇む紫色の花。

私の病室は高い場所にありますから、随分と下の方に見えます。

もしかしたら手が届くかもしれない、と思ってその花に手を重ねますが、もちろんそんなことはありません。

死んだら、綺麗な花になれればいいのに。そうしたら、きっと少しは悲しくありません。ですがもちろん、そんなことはないのです。

そう思うと心がざわつき、手をぐったりとおろします。あんなに美しい花になれるなら、死ぬのも怖くないのに。

なぜだか自然と涙が頬をつたいます。

泣きたいわけではないのに。暗いことを考えたいわけでもないのに。

窓からのぞく花に思いをはせることしかできないのです。

――バサッ

下を向いていると、窓の外から音がします。鳥が飛んでいるのでしょうか。

なんとなく、空を見つめます。

すると目の前に、美しい鳥が止まったのです。

「あら、あなたはだぁれ?」

そう話しかけますが、もちろん返事はありません。パチパチと瞬きをし、そのたびに美しいオーラがあふれ出ているようでした。

「迷子?」

返事はありませんが、なんだか楽しくて、近くにいてくれることが嬉しくて、話しかけてしまいます。

ニコッと笑いかけると、ピロロ、と可憐で美しい音を響かせました。

「あら、素敵ね。」

そう言うと、それが嬉しかったのか、またピロロと鳴きました。そして、暗い暗い夜空へと飛び立ってしまいました。

それからずっと、その鳥のことを忘れられません。


朝、看護師さんが病室にやってきました。そして昨日のことを話したのです。

「昨日、外を見ていたら鳥がやってきたんです。とっても素敵な鳥だったんですよ。ああ、また会いたいな。そうだ、 外に出していただけませんか?あの鳥を探したいのです。」

「そう。そんなに素敵な鳥だったのね。今まで外に出たいなんて一度も言わなかったのに。私からいいよとは言えないわ。先生に確認するから、許可が出ることを祈っておいてね。」

「そうですよね、分かりました。祈っておきます。」

看護師さんはいつも通りの仕事をして病室を後にしました。

窓から外を見つめると、雨がぽつぽつと降っていました。また、退屈な時が始まってしまいます。

本を読むのは好きですが、入院するときに買ってもらった本は全部読み切ってしまいました。音楽を聴くのも好きですが、新しい曲を聴くのはなんだか億劫で、それなのにずっと聴いていた好きな曲も飽きてきてしまいました。退屈でゲームもやっていましたが、持っていたゲームはすべてクリアして、もうつまらなくなってしまいました。外に出るにも、お医者さんの承諾が必要です。日々には、何の楽しみもありませんでした。

心の中には、昨日会った鳥の鳴き声が響いていました。惹かれてしまったのです。

外に出て探したら、見つかるものでしょうか。相手は自由気ままな鳥さんです。もしかしたら、今頃おうちに帰っているかもしれません。でも、もしかしたら、車ぶつかって死んでいるかもしれません。

そう思うと、じっとしていられないような気持ちになっていきました。

看護師さんには、先生の許可がとれるまで病室にいるようにと言われたけど……。

看護師さんもお医者さんも来ない時間がありますから、もしかしたら……。

その時決めました。もし、外に出ては行けないと言われても、鳥を探しに行くことを。そう遠くないうちに星になるんだから、その前に少しくらい冒険をしたっていいじゃない。

その日、看護師さんがまたやってきて、外にはまだ出られないと告げられましたが、私の決心は固まっていました。


朝、陽の光で目を覚ましました。

外出するのに絶好の天気。悪いことをしてしまうという罪悪感もありましたが、あの鳥にまた会えるかもしれないという期待感の方が断然大きく膨らんでいました。

今日もいつも通り看護師さんがやってきます。そしてやることを済ませて去っていきます。

よし。白い布の中から足を放り出します。自分の足で立ったことすら、久しぶりかもしれません。

歩き方を思い出しながら、外の広場へと向かいます。看護師さんもお医者さんも忙しいですから、きっと分かりません。

外の広場までの道は……。実は分かりません。館内のマップを見つけて、その道を辿ります。今の私は、冒険に出た勇者のようでした。

そして、やっとのことで外に出ました。あの小さな窓から見る景色とは訳が違います。

あの鳥はいるだろうか……。目を空にやりますが、太陽が眩しすぎてすぐに下を向いてしまいます。太陽は、こんなにも眩しいものだったでしょうか。

ーーバサッ

どこかで聞いた音。心地よくて、美しい音。

あの鳥だ、と直感で分かりました。

その鳥は、美しい音で鳴きました。私のことを覚えていてくれたのでしょうか。

鳥は、また羽ばたいてそして戻ってきました。楽しませてくれているのかもしれません。なんだか嬉しくて、私まで空を飛んでいるような気持ちになりました。もしかしたら、羽が生えてしまうのではないかと思うくらい、体が軽くなりました。

あんなに眩しかった太陽にも慣れて、鳥に生まれ変わったみたいです。一緒にいると、とっても元気にしてくれる、とっても素晴らしいお医者さん。

何分か戯れると、太陽の方向に去っていってしまいました。2度会えたのですから、きっとまた会えるでしょう。そして、鳥は素敵なプレゼントを落として行きました。真っ白な羽です。これがあれば、きっと私はどこまでも行けます。

その白い羽の隣には、昨日見た紫色の花が美しく咲いていました。




鳥は、よく私の前に現れるようになりました。なぜだか私のことを好いてくれているようです。なんて嬉しいのでしょう。

そしてその鳥は、いつも私を知らない場所へと連れて行ってくれます。病院内にある素敵な森や、野良猫のたまり場、鳥の巣のある木に綺麗な石がある水場。その全てが新鮮で、楽しいものでした。

空へと去っていく時は、必ず紫色の花のところへ向かいました。気に入っているのでしょうか。その隣へちょこんと座り、その後すぐに飛び立つのです。


ある日、看護師さんがこう言いました。

「絶対に外に出てはいけませんよ。なにかあったとき、私たちが守ってあげられないからね。」

私は気づかれたと思いました。内緒で外出していることを。そう言われてから、外に出るのは諦めました。窓の外から鳥がやってきてくれることを信じて。鳥が来てくれると、私はとっても心が暖かくなりました。生きた心地がして、今まで生きてきた中で1番の幸せを噛み締められるのです。

今日も来てくれないかなと、病室から見える紫色の花を見つめました。


いつまでも鳥と呼んでいるのもなんだか寂しいですから、名前を付けることにしました。何にしようかと考えて、最初に浮かんだ名前は「ハナ」です。花を見ていたら現れて、去る時に花の隣に座るから、という単純な理由ですが、可愛らしい名前にできたと私なりに気に入っていました。

名前を決めた日、ハナが夜の病室の窓を叩きました。

「来てくれたのね。君の名前を決めたのよ。」

ハナは美しい声で鳴きます。

「ハナっていうの。気に入ってくれる?」

すると、ハナはまた美しい声で鳴き、夜空を飛び回りました。きっと気に入ってくれたのです。

そして、紫色の花の近くに座りました。行ってしまうのだと悟って少し寂しい気持ちになりましたが、名前を呼べたことを心から嬉しく思いました。


それから、ハナは私のところにやってきません。

いや、もしかしたら病室の窓を叩きに来てくれているかもしれません。

私の病室が移動してしまったのです。もう会えないかもしれないと思うと胸が痛くなり、泣いてしまいそうになります。その度に、あの白い羽をお守りにして、きっと大丈夫、と祈るのです。

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