第58話 隣で手を握るアイスメイデンと家庭問題【中】

「ごめんね、冬月くん。デート、中途半端になっちゃって」


「なに言ってんだよ、秋乃さん。謝る必要なんかないって。お母さん、急遽入院しちゃったんだろ?ならデートなんかしてる場合じゃない。違うか?」


「冬月くん……えぇ、ありがとう」


 あれは映画を観た後の事だった。

 俺達はどこかでお昼ごはんを済まそうと、ショッピングモールをうろついていた。

 その時、秋乃さんの携帯に着信が届いた。

 秋乃さんはスマホの画面に映し出された母親の名前に頭を捻りつつ、応答ボタンをスライド。

 電話にでた。

 最初こそ秋乃さんは、デートの邪魔をされたのがとても不満で、若干口調がキツかった、のだが。

 

「来栖、デート中にごめんなさい。悪いのだけど、今から病院に来れないかしら。お母さん、これから一週間ぐらい入院する事になっちゃって」


 これを境に態度が豹変。


「え……」


 秋乃さんは初めて表情に焦りを見せた。

 これらが今から二時間前の状況だ。

 そして時は戻り、現在。

 俺達は秋乃さんのお母さんが入院している病院。

 青井総合病院の廊下を、院長である青井のお父さんに連れられてひたすらに歩いている。

 無事を祈りながら。


「君らとはなにやら縁があるようだな。特に田中くん、君とは」


「は、はは……かもですね」


「昨日にも伝えたが、再度謝らせてほしい。うちのバカ娘が済まなかった、愛原くん、田中くん」


「い、いえ!当真先輩のお陰でなんとかなりましたから、あんまり気にしないでください!」


 青井院長が振り返らずに頭を少し下げると、愛原はワタワタ。 

 田中も気まずそうにしている。

 そんな二人をチラッと見た秋乃さんは、溜め息混じりに。


「はぁ……なんで貴女達まで……」


「はは……ごめんなさい。私は邪魔になると言ったんですけど、田中先輩が聞いてくれなくて」


「だって放っておけないじゃないのよ、お母さんが倒れたなんて聞いたらさ。秋乃さんにも一応世話になったわけだし」


「頼んでない」


 いつもより語気が鋭い。

 余裕の無い証拠だ。

 母親が倒れたのだから焦って当然だが。

 秋乃さんの気持ちはよく分かる。

 両親が死ぬ瞬間を目の当たりにした時、俺も姉さんに八つ当たりしたから。

 だからこそ、経験があるからこそ。

 俺は間に入る。


「まあまあ、秋乃さん。映画をキャンセルしてまでついてきてくれたんだから、あんまり邪険にしちゃ可哀想だって。それに人手は多いに越した事はないだろ?色々準備が必要かもしれないんだし」


「…………わかったわよ。冬月くんがそこまで言うなら、今回は我慢する」


 根は素直で良い子なんだよな、秋乃さんって。

 俺以外には言葉が少し刺々しいだけで、実際はそこまで人を嫌っては……。


「確かに労働力は要るものね。冬月くんの代わりに働く奴隷が」


「はぁ?」


「ど、奴隷……」


 俺の気のせいだったかも。






「ここが秋乃セレスティナさんが割り当てられた203号室か」


 プレートには秋乃さんのお母さんらしき名前しか嵌め込まれていない。

 一人部屋のようだ。


「じゃあ行ってくるわね」


「うん、お母さんによろしく」


「えぇ」


 秋乃さんは一言二言交わすと病室に入っていった。

 その緊張と不安から小さくなった背中を扉が隔てるまで眺めていると、田中がボソッと。


「秋乃さんのお母さんって、外国人なんだ。なんとなくハーフっぽいとは思ってたけど」


「みたいだな」


「みたいって、もしかして当真も知らなかったの?彼氏なのに?」


 本当に俺は秋乃さんについて何も知らない。

 お母さんが外国人だった事も、彼女がハーフだった事も、なにも。


「ああ、今初めて知ったよ」


「ふーん。……ねぇ、ずっと気になってたんだけどさ。秋乃さんって、なんであんたと付き合ってんの?あんたのどこを好きになったわけ?」


「それは……」


 田中の疑問に答えあぐねていた俺を見かねた愛原が、田中の腕をガッと掴むと。


「もう、田中先輩!どうして先輩はそうデリケートが無いんですか!ほら、こっち来てください!」


「あっ、ちょっと陸海!まだ話が!」


「良いですから!」


 田中よりも愛原の方が大人だな。

 俺の顔色から気持ちを察して引き離してくれたようだ。

 年下にも関わらず、先輩である田中を説教している。

 そのやり取りを眺めながら、俺は先程言われた田中の疑問を呟いた。

 

「俺を好きになった理由、か」


 いくら考えても、まったく見当がつかない。

 秋乃さんとまともに交流し始めたのは二年生に上がってからだ。

 去年までは遠巻きに見た事があるくらいのもので、会話なんかした記憶はもちろん無い。

 いつどこで彼女は俺を好きになったのだろう。

 謎だ。

 

「そういえば、秋乃さんって最初から俺には優しかったな。初めて話しかけてきたのも秋乃さんからだったし」


 あの時は大して気にしてなかったが、今にして思うと変だ。

 あれが初対面だとしたら、他の人と同じように暴言吐かれてもおかしくない筈。

 となると、秋乃さんと俺は……。


「以前にもどこかで会っていた?いや、というよりも……自分でも知らないうちに関わっていた、のか?」


 という結論に至ったその時。


「こほん。冬月当真くん、少し良いかな」


 青井父が話しかけてきた。


「あ、はい。なんですか?」


「いや、なに。娘の件で改めて感謝を伝えようと思ってね。この度は娘が迷惑をかけたようで申し訳ない。君のお陰で大事に至らずに済んだ。感謝している」


 あれで?

 結構大事になってると思うんだけど。

 学校生活は間違いなく壊滅的だと思うし。

 

「青井さんはあれからどうしてるんですか?」


「今は自宅で謹慎させている。謹慎期間が過ぎるまで、私と妻で監視する予定だ」


 うわぁ、大変そう。

 御愁傷様だな。

 自業自得ではあるが。


「そ、そうですか」


「うむ。ところで君は秋乃くんの恋人らしいな」


「ええ、まあ。それがなにか?」


「ふむ、悪いことは言わん。君が彼女にどれだけ本気か知らないが、早めに別れなさい。それが君の為にもなる」


 な……。

 重いもよらぬ言葉に俺は絶句した。

 

「どうしてそんな……意味が分からないですよ!なんで別れなきゃならないんですか!いきなり別れろなんて言われたって俺は!」


「意味がわからない、か。では尚更別れるべきだろう。あの家の……秋乃家の確執も知らぬのなら、尚更な」


「確執……?」


 呟くよう尋ねると、青井父は踵を返し、白衣のポケットに手を突っ込みながら歩き出す。

 そしてこんな事を言い残した。


「彼女を想うなら早々に手を引け。君のような子供には、秋乃の名を持つ彼女を守る事はできん。必ずな」


 到底容認出来そうにない言葉を。

 

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