第56話 隣で微笑む後輩と同級生のこれから

「よし、それじゃあ私はここまでね。後は頼んだわよ、当真」


 生徒指導室と記されたプレートが貼り付けられた扉。

 その扉を開けようとしたら、姉さんがおもむろに踵を返しながらそんな事を言ってきた。


「なんだよ、姉さん。最後まで付き合ってくれないのか?」


「ええ。呼ばれたのは当真だけだもの、私はここで退散するとするわ。それに、教師が居ると話しにくい事もあるでしょ」


 驚きである。

 姉さんに空気を読む能力があるとは、夢にも思わなかった。


「姉さんってさ、たまに教師っぽいとこ出るよね。普段アレなのに」


「ああん?」


 流石は元ヤンの姉さん。

 弟であっても容赦がない。

 今にも殺さんばかりにガンつけられた。


 ────さて、姉さんも行っちゃった事だし、そろそろ入るとしますか。

 秋乃さんも待たせてるし、さっさと終わらせて帰ろう、と。


「失礼しまーす」


 俺は勇気を出して生徒指導室の扉を開く。


「おっ、やっと来たわね」


「先輩!」


 そこには見覚えのある面々が待ち構えていた。

 いや、一人だけ知らない人が居る。

 とはいえ、面影から誰の母親なのかは想定がつくが。

 

「あ……」


 あの艶やかなロングの黒髪と優しそうな目元。

 実に似ている。

 愛原陸海に。

 恐らくこの人が……。


「もしかして貴女が愛原の……」


「こ、この度は娘がご迷惑をお掛けしてすびばぜんでしたぁ!」


「うおっ!」


 なにごと。

 愛原のお母さんが俺を見るなり顔面を涙やら鼻水やらグシャグシャにして、いきなり土下座をしてきたんだが。


「お……お母さん!先輩驚いてるからやめて!私まで恥ずかしいよぉ!」


「だっでぇ!だっでおがあさんが情けないばっかりに、他人様にごめいわぐをぉ……」


「お母さんに土下座される方が絶対迷惑だから!」


 それは大変ごもっともである。


「うぅ……」


 娘に説得され、愛原の母親はノソノソと立ち上がる。

 顔面は未だにグシャグシャだが、土下座されないだけまだマシなので、そこには触れないでおく事にして。


「愛原、お母さんどうした。大丈夫か?だいぶヤバそうに見えるんだけど」


「えっと……いつもこうなので、あんまり気にしないで下さい……」


 いつも。


「へ、へぇ……そりゃ大変だな」


「あはは……」


 愛原の顔に疲れが見える。

 そういえば田中の両親も若干疲れてそうな感じがするが、もしや。


「いやぁ、愛原ちゃんのお母さんはなかなかインパクトがあるね。おじさんもう疲れちゃったよ」


「ふぅ」


 ああやっぱり。

 俺が来る前から大騒ぎだったんだろうな。

 心中お察しする。


「当真くんもお疲れ様。今日は1日大変だったね」


「僕はそうでもないですよ。二人に比べたら。……ところで、僕になにか用事ですか?呼んでると言われて来たんですけど」


「ああ、それなんだけどね。ひとまずこれを読んで貰えるかな」


 おじさんが渡してきたのは二通の便箋だった。

 俺はそれを受け取り、言われた通りに読んでみる。


「これは……」


 青井と桃川の父親からの手紙を。

 内容は特にこれといった物ではなかった。

 ただただ謝罪と感謝だけが記されている。


「青井と桃川のお父さんはまともな人みたいですね、これを読む限りだと。なのにどうして娘はあんな風に」


「だからこそ、かもしれないね」


「え?」


「体育祭が終わった後くらいだったかしら。青井さんと桃川さんのご両親が娘に直接謝りに来てくれたんだけど、とても厳しそうな方達だったの。その時思ったのよね、もしかしたら……って」


 なるほど。

 こう言っては何だが、よくある話の1つだな。

 厳格な親元に生まれたからこそ、その反動で非行に走ってしまった、か。

 

「まぁ憶測にすぎないけどね。真実はあの二人にしかわからないさ」


「……ですね」


 真実がどちらにせよ、これから1ヶ月に渡って続く停学中にせめて更生ぐらいはして欲しいものだ。

 帰ってきてからまたイジメだのなんだのされたら、たまったもんじゃないからな。

 

「ところで、田中さんはこれからどうなるんですか?事情が事情なのであいつらよりかはマシだと思いますけど、やっぱり何かしらの処罰が……?」


「自宅謹慎一週間だってさ。まぁイジメをしたのは事実だしね、仕方ないわよ」


「これも後藤先生のお陰ね。後藤先生の口添えがあったから、罰も軽くなったみたいだもの」


 竜兄ぃが……。

 そっか、竜兄ぃも動いてくれてたのか。

 きっと、今回何もしてやれなかった田中への罪滅ぼしのつもりなのだろう。

 実にあの人らしい。


「よかったな。一週間だけの謹慎で済んで」


「それもこれもあんたのお陰よ。本当にありがとね、当真」


「私からもお礼を言わせてください!ありがとうございました、当真先輩!」


 二人は俺の前に出てくると、素敵な笑顔で微笑んだ。

 ようやく二人の屈託のない、本物の笑顔が見れた気がする。

 色々あったが、これを見れただけで頑張った甲斐があったというもの────


「当真ぐん、こんどうちにもあぞびにぎでねぇ!いっぱいお礼したいからぜひぎでねぇ!おねがいぃ!」


 い、行きたくない。

 

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