第53話 隣で走る同級生とラストラン【後】

「部活対抗リレーもいよいよ終盤!トップ争いは変わらずパソコン部と陸上部だ!これは最後まで気が抜けん!皆、目を見開き決着の時を待つがよい!ふはははは!」


「く……っ!」


 座を奪われはしたものの、流石は選手候補だっただけはある。

 青井の実力は確かだ。

 その証拠に愛原より半歩もリードしており、なかなか抜かせてくれない。

 愛原も頑張ってはいるが、このままでは……。


「睦美、どうして抜かないのよ。あんたならあんな奴簡単に……」


 ……?


「田中さん、今のどういう……」


「どうもこうも何もないわよ!あの娘の走りがあの程度の筈がないでしょ!?いつもの睦美ならもっと早く走れてるわ!なのにどうして!」


 確かに言われてみれば思ったよりも遅い気がする。

 あれなら秋乃さんの方が速いくらいだ。

 一体何故…………ん?

 なんだ、今の違和感は。

 青井が愛原を一瞥した瞬間、スピードが落ちたような…………ま、まさか!


「しまった……虐待性脅迫観念か!」


「虐待性……って、なに?なんか嫌な響きなんだけど」


「田中さんだって身に覚えがあるんじゃないか?青井や桃川に話しかけられただけで、縮み上がったりする感覚が。それが虐待性脅迫観念。一種の精神障害だな」


「ッ!」


 やはり覚えがあったようで、田中は顔をひきつらせる。


「じゃあ青井は愛原が自分にビビってる事を知ってて……!なんて奴なの!」


 こうなっては絶望的だ。

 これでは愛原は青井に絶対に勝てない。

 恐怖心に身体を縛り付けられているのだから。

 とはいえ、解決策はある。

 俺達にとっては、とても簡単な方法がな。


「そうとは限らないけどな。知っていたらもっと圧力をかけていてもおかしくないし、その線は微妙かもな。それと、まだ諦めるのは早いぞ田中さん。こんな時こそ俺お得意のあれの出番だ」


「なによ、あれって!今の私達に出来る事なんてたかが知れて……!」


 ペタンと地面に座り込む田中とは逆に、俺は一歩前に踏み出す。

 ただこれだけ。

 たったこれだけを愛原に伝える為だけに。

 俺は大きく息を吸い込んだ刹那、喉が切れんばかりに大声を張り上げた。


「愛原っ!」


「当真?」


「せん……ぱい?」


 いきなりの怒号に、ザワザワと騒ぎ始める観客。

 呆然とするランナー達。

 自分以外の人間全てが突然の大声に驚く中。

 俺は構わず続けてこう叫んだ。

 彼女の背中を押す。

 ただそれだけの為に。


「そんな奴にビビるな、愛原!お前は一人じゃない、俺達が居る!俺も田中も亜伽里もお前を見捨てたりしない!だから安心して走ってこい!」


「…………!」


 その言葉が愛原の心に響いたのか。

 まるで厄でも取れたような、とても眩しい笑顔を浮かべた刹那。


「はい!行ってきます、先輩!」


 加速。


「う、うそでしょ……」


「は……はは、マジかよ」


 言うなれば、低空を羽ばたく鳥、だろうか。

 それくらい愛原の走りは力強く、速く、優雅で。


「ゴォォォォル!勝者はまさかのパソコン部!圧倒的差でゴールテープを切ったのは……愛原睦美だあああっ!」


 感動を覚える程だった。

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