第52話 隣で走る同級生とラストラン 【中】

「ようやくお前と決着を着ける時が来たな、夏日紫苑!この時をどれだけ待った事か、お前にはわかるまい!」


 なにやら夏日と因縁でもあるのか、部長さんの熱量が凄まじい。

 対して夏日は全く心当たりが無いらしく、涼しげな顔で。


「……ん?ああ、そうだね。よろしく頼むよ、えっと……部長さん」


「よろしく……だと?誰がお前なんぞとよろしくするものか!俺の彼女を奪った奴なんかと!」


 嘘だろ。

 なにしてんの、あいつ。

 

「ふむ……記憶にないんだけど、それって何時の話だい?」


「なにぃ?ふざけているのか!二ヶ月前に決まってるだろうが!」


「んー、あっ。 もしかしてマネージャーの子かい?」


「ああ、そうだ!あの子は俺の彼女だったんだよ!なのにお前と少し話した途端……!」


 捨てられたと。

 不憫が過ぎる。


「なあ、田中さん。やっぱり女の子は皆、イケメンが好きなの?」


「んー、そうでも無いんじゃない?愛原も多分だけど、私はあんたみたいな可もなく不可もなくな顔の方が……って、何言わせるのよ!」


 お前が勝手に言ったんだろうがとツッコミたい所だが、墓穴になりそうだからスルーして意識を向こうに戻す。

 どうやらコントをやっていた間に二人のやり取りも終わっていたようで。


「まあそういう訳だから、後は君次第だと思うよ。じゃあね」


「待て、まだ話は……くっ!」


 先程まで手加減していたのだろう。

 夏日はぐんぐんスピードを上げ、部長さんを引き離す。

 部長さんも負けじと加速するも、夏日とは地のポテンシャルからして負けており、追い付くことは出来ず。


「秋乃さん。君に任せるしか無いのは癪だけど、当真くんに繋いでくれ。頼んだよ」


「ふん。貴方に言われるまでもないわ」


 先に夏日が秋乃さんに。

 二番手で部長さんが、部員にバトンを渡す。


「すまない、芦野!どうにか追い抜いてくれ!」


「おっしゃ!あとは任しとき、大将!うちがなんとかしたる!」


 バトンを手にした大阪弁っぽい女の子はニッと姦しい笑みを浮かべ、秋乃さんを猛スピードで追う。

 

「速いっても所詮文化部やさかいなぁ!陸上部次期エースのうちに勝てない筈が……!」


 しかし相手が悪かった。


「チッ。ならそろそろ本気、出そうかしら。ハッ!」


「うげっ!」


 秋乃さんは先程までとは比べ物にならないレベルに速度を上げ、芦野をあっという間に突き放したのだ。

 流石は三階以上の高さから舞い降りても平気な超人女子。

 そんじょそこらの女子じゃ相手にならない。


「なんちゅう速さや、あの秋乃いう女!ほんま速すぎるて!追い付けへんわ、こんなん!」


 遠近感のせいで芦野が豆粒ぐらいの大きさに見えてくる。

 そんな圧倒的実力差と才能を見せつけられ、田中と共に呆けていると。


「冬月くん、はい交代」


 いつの間やら至近距離にやって来ていた秋乃さんがバトンを譲渡。


「お、おう!よし、これだけ離れてたら俺にだってっ!」


 受け取った瞬間、一気呵成に────!

 

「パソコン部、かなりのリードで次の者へとバトンを渡した!さあ、陸上部はこのままリードを許のすか!それとも……!…………な、なんだとぉぉぉっ!これまで怒涛の活躍を見せていたパソコン部!秋乃来栖の恋人という事以外パッとしない男とはいえ、あの男にも何かあるのではと期待していた!なのにまさか……まさかこれ程までに足が遅いとは!何故あのような男を選手に選んだのだ、パソコン部!人選をミスっているぞ、パソコン部!」


 うるさいわ!

 これでも本気で走ってるんだ。

 ヤジはやめろ!


「田中ちゃん!あの兄ちゃん遅いからなんとか挽回してや!頼んだで!」


「え、ええ……わかったわ」


「ここで陸上部にもバトンが渡ったぁぁぁ!やはりこうなったか、パソコン部!みるみるうちに追い付かれているぞ!どうするパソコン部!」


 まずい。

 思ったよりも田中の足が速い。

 このままでは遅かれ早かれ……、


「ちょっと当真!あんたさっき特訓したって言ったわよね!?めちゃくちゃ遅いじゃないの!このままじゃ追い抜いちゃうわよ、私!」


 追い付かれたわ。

 だが愛原はもう目と鼻の先だ。

 ここで追い抜かれる訳にはいかない。

 たとえ太ももと肺が悲鳴を上げようとも。


「言われなくとも……分かってるっつーの!うっ、おおおおおお!」


「……!へぇ、案外やるじゃない。なら陸上部として、私も負けていられないわね!」


 どうやら田中の陸上部としてのメンツに火を着けてしまったらしい。

田中は俺を抜かそうとラストスパートをかける。

 が、


「させるかぁぁぁっ!」


「なっ!」


 負けじと俺も田中の一歩前に出る。

 そこからは接戦に次ぐ接戦。

 バトンを渡したのは、ほぼ同時だった。


「先輩!」


「愛原、すまん!俺のせいで余裕が無くなっちまった!行けそうか!?」


「なんとか頑張ってみます!」


 息も絶え絶えに差し出したバトンを愛原は見事にキャッチ。

 瞬間、顔つきをキリッとさせ、一気に駆け出した。

 同じくして田中と青井も……。


「これなら勝てそうね。あんな一年なんかに、私が負ける筈がないんだから」


「はっ、あんたは愛原を甘く見すぎよ。あの娘は運だけであんたから選手の座を奪った訳じゃない。実力で奪ったのよ。だからあんたじゃ勝てない、絶対にね」


 田中の言葉に青井は怒りを顔に滲ませ。


「チッ、あとで覚えておきなさいよ田中。調子に乗った事、絶対に後悔させてやるから」


 そう言って、不敵に微笑む田中を背に走り出した。

 愛原と肩を並べて。

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