第51話 隣で走る同級生とラストラン 【前】

「あんた、ちゃんと走りなさいよ。もし手を抜いたりしたら……」


「わかってる、ちゃんと走るわよ。だから何度も言わないで。……じゃあもう行くから」


「なんなの、あいつ。生意気なんだけど」


「チッ」


 逃げるように隣のレーンにやってくる田中を、青木が舌打ちする。

 田中の言動から見るに、どうやら覚悟を決めたらしい。

 だからあんな態度を取ったのだろう。

 結果はどうあれ、勝敗はどうあれ。

 奴らと決別する為に。


「よっす」


「よう、田中さん。随分スッキリした顔になったな」


「まあね。やっと反抗出来たんだもの。そりゃ嬉しいわよ。反面、ちょっと不安もあるけどね」


 だろうな。

 不安になって当然だ。

 これから田中はリレーの勝敗に関わらず、奴らのイジメの告発と自分も荷担した事実。

 更には一度限りとはいえ、タバコを吸った事実を公表しなければならないのだ。

 誰しもが俺やおじさん達みたいに笑い飛ばす訳じゃない。

 中には酷い言葉も浴びせる人や、学校のネット掲示板でどうこう言う人も現れるだろう。

 それを思えば不安にならない筈がない。


「大丈夫か?」


「……えぇ、大丈夫。覚悟は出来てるから。あんたこそ大丈夫なの?本当に私に勝てるんでしょうね」


 痛いところを突いてくれる。


「正直わからん。今までに無いくらい必死で特訓したけど、基礎が出来てる田中さんに対しては付け焼き刃だと思うしな」


「情けないわねー」


「うるさいな、俺はインドア系なんだよ。運動はあんまり得意じゃないんだっての」


「ふーん。じゃあどうするつもりよ。どうやって私に負けないようにするつもり?」


 田中に問われた俺は、後ろを一瞥。

 秋乃さん、夏日、亜伽里が各々ストレッチしたり、陸上部と牽制しあっている姿を見ながら。


「あいつらの善戦に期待するしかないな。引き離してくれれば、俺にも勝機の一つくらいあるだろ」


「あんた、自分で言ってて悲しくならない?」


 なる。

 が、事実なんだからしょうがない。


「うるさいな。ほら、そろそろ始まるみたいだぞ」


 言って、鉄砲を挙げる教師に視線を向けると、田中も追って目を向ける。

 同時に黒犬欄是と鳳凰院伽凛によるリレー開始の合図が木霊し────


 パンッ。


 全てに決着をつける空砲のゴングが鳴った。


「始まったわね」


「ああ、始まったな」


 部活対抗リレーの幕を開けたのである。

 

 第一走者は亜伽里と桃川。

 クラウチングの体勢を取っていた二人は何か話していたが、空砲が鳴った瞬間地面を蹴った。

 もちろん部活対抗リレーというのだから、他の運動部も同時にスタート。

 みな同時に飛び出した。

 本来ならここで大差をつけるのはかなり厳しい。

 その理由は、ようやく加速した頃には次の走者にバトンタッチしているからだ。

 よって突き放すことは、ほぼ不可能と言って良い。

 だがそれはうちの亜伽里には通用しない。

 何故ならあいつは……。

 

「おっさきー!」


「こっ、これは予想外の展開である!リレーでは不利な文化部であるパソコン部が、まさか独走とは!なんという隠し球か!これには運動部の者共も驚愕を隠せないようだ!隣を走る陸上部の桃川にも焦りが現れている!」


 あいつの瞬発力、突発力は、


「はっ?じょ……冗談でしょ?」


 他者の追随を許さないレベル。

 クラウチングスタートをした瞬間、亜伽里は既に五メートルもの距離を離している。

 

「速い速い速いー!春先選手、ドンドン引き離し……!」


「亜伽里くん!」


「夏日くん、お願い!」


「今、夏日選手にバトンを渡したぁぁぁっ! だが陸上部も負けてはいない!」


 桃川もなかなかに速い。

 流石は走りをメインとしている部活に籍を置いているだけはある。

 ただのイジメっ子ではない。

 実力はあるようで、あれだけ離されていた桃川は亜伽里に追いすがり……、


「文化部に負けるなんて恥は晒せないっしょ、やっぱ!てなわけで、部長!よろしくっす!」


 筋肉質な男子にバトンタッチ。


「おう!あとは任せな!」


 そして、バトンを渡された部長と呼ばれた男は加速。

 早くも我々パソコン部と肩を並べたのである。



 



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