第46話 隣の席のアイスメイデンは彼氏専用マネージャーをやりたい

 田中美住のイジメが終わるまで必ず守る。

 そう美月さんに約束してから二週間あまり。

 俺は未だ、約束を守れないでいる。


「ほら、これで私らの昼御飯買ってきなさいよ」


「でもこれ……10円しか……」


「はぁ?ああ、ごめんごめん。後で返すから、あんた払っといてよ」


「……ッ」


 逆らわない田中が悔しげな表情で屋上から降りていくと、上から下品な笑い声が木霊した。

 胸くそ悪い。

 今すぐ痛い目に遭わせたい所だが田中から、


「どうせなら体育祭で一泡ふかせてやりたいから、今は堪えて」


 一番ハラワタが煮えくり返っている本人が堪えているのに、勝手をするわけにはいかない。

 今週末の土曜日には体育祭なのだ。

 それまでは俺も堪えねば。


「田中さん」


「当真……」


 四階から三階に差し掛かる階段の曲がり角で座りながら話しかけると、少しやつれた田中が隣に腰を落とす。


「なによあんた、また来たの?心配は要らないから、来なくて良いって何度も言ってるのに」


「そういうわけにはいかないだろ。ほら、今日の分」


 田中に差し出したのは今をときめく高校生にとって無くてはならない紙切れ、千円札である。

 

「ごめん……ちゃんと返すから」


「わかってる。このゴタゴタが片付いたらバイトするんだろ?それまで待ってるよ。ほら」


「うん」


 さよなら、野口さん。

 また近いうちに帰ってきておくれ。

 仲間を連れて。


「じゃあ私、行くわね。遅くなったらあいつらに何されるかわかんないし」


 おう、と告げると田中は階段を降り始めた。

 が、三階の廊下に降り立った田中はそこでふと足を止める。

 どうやらまだ話したい事があるようで、こちらをチラッと一瞥すると。


「愛原は……大丈夫?」


「ああ、心配ない。帰る時は必ず誰かが迎えに行ってるからな。あいつらも手を出せない筈だ」


「……そう、ありがと」


 田中は一言感謝を述べると、今度こそ姿を眩ました。 

 足音が段々遠ざかっていき、やがて聞こえなくなった頃。


「よし、そんじゃ戻りますかね」


 俺も重い腰を上げて、階段を降り始める。

 英気を養う為に。

 





「なにあれー、必死すぎでしょ。体育祭に向けて走り込みとか草過ぎー」


「よくやるよねー。うちには無理だわ」


「えー、熱いのもたまにはよくね?俺は絶対無理だけどー!」


 例え外野に何を言われようとも、グラウンドを蹴る足を止めるつもりはない。

 例え、パリピグループが夏日を奪われたからと、わざとらしくやっかみを言ってきても、俺の足は止まらない。

 俺にはそんなものに関わっている暇などないのだ。


「────っ!」


 どれだけ周りの視線に晒されようと、止まるわけにはいかない。

 愛原と田中の為に。


「うおおおおっ!」


「よっし、ゴール!亜伽里ちゃん、タイムは!?」


「おっ、またタイム更新したじゃない。コンマ二秒速くなったわよ」


 亜伽里が見せてきたストップウォッチには、今しがた測った五十メートル走のタイムが点滅している。

 確かに前より少しずつ速くなっているようで一安心。


「ほぅ、なかなか悪くないタイムだ。これなら足を引っ張らずに済みそうだぞ、当真」


「ぜーはー、ぜーはー!」


 そりゃ嬉しい知らせだけどちょっと待って、いま肺が結構ヤバイから。

 少し呼吸を整えさせてくれ。


「あはは、だいぶ限界みたいだね。じゃあそろそろ休憩に……」


「冬月くん、ポカリとタオル持ってきたわ」


 ようやく呼吸が整い頭を上げると、秋乃さんがいかにもマネージャーな格好でポカリとタオルを持ってきていた。

 秋乃さん曰く、一度俺専用のマネージャーなるものをやってみたかったらしい。

 ジャージ姿も様になっていて、とても可愛い。

 自慢の銀髪をポニーテールにしているのも、スポーティーな感じでなかなか良き。


「ありがとう、秋乃さん。なに?飲ませたいの?待って待って、きっとまた溺れるから。ポカリで溺れ……ガボボボボ……」


 ズボッじゃないのよ。

 毎度毎度、何故君は恋人を飲食物で苦しませるんだい。

 毎回言ってるけど、餌付けのやり方おかしいからね。

 

「相変わらずあんたら、仲良いわよねー。愛原、あんたもう少し頑張んないと。このままじゃ寝取れないわよ」


「ししし、しませんけど!?やめてくださいよ、亜伽里先輩!ま、まるで私が……その…………冬月先輩を好きみたいじゃ……!あっ、違うんですよ秋乃先輩。そんなつもりないんですよ、秋乃先輩。寝取ったりなんかしないので安心してください、秋乃先輩。なのでアイアンクローはやめ────!」


 カオス。

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