第45話 隣の席の同級生と飲み会

「つまりだ。当真くんは娘の恩人なんだね?じゃあこんなファミレスで食事をさせるわけにはいかない!我が家にご招待しようじゃないか!良いね、母さん!」


 親御さんからの誘いとはいえ、同級生の。

 しかも女の子の家にお呼ばれするのは流石にまずい。

 

「ちょっ!それは困りますって!俺には彼女が!」


 ので断ろうとしたのだが、二人には俺の声など届いていないようで、状況があれよあれよという間に進行。


「もちろん!帰ったらすぐ用意するわね!」

 

 最早断れる雰囲気ではなくなってしまい、泣く泣く行く羽目になってしまった。 

 こうなったら秋乃さんにバレないようにしなければ。

 ひとまず姉さんには事情説明と口止めを────





「当真くん、うちの娘は世間知らずでそそっかしくて不器用だが、なかなか気立ては良いと思うんだ。どうだ、嫁に貰わないか?君になら譲っても良いと思っているんだが」


 もう酔っぱらってんのか、このおっさん。

 まだ缶ビール一本目だぞ。


「あらあら、お父さんったら今日は酔いが早いわねぇ。よっぽど楽しいのかしら」


「ははははは!おう、楽しいぞ!こんな楽しい酒盛りは久しぶりだからな!なんたって当真くんは、万年しかめっ面の娘を笑顔にしてくれた恩人!親としちゃ気に入らない筈が無い!」


「ふふっ、そうねぇ。お母さんも当真くんなら安心かも。変な虫がつくより全然良いものね」


 外堀が埋まりつつあるんだが!?

 困った。

 これは非常に困る事態だ。

 このままではなし崩し的に付き合わされかねない。

 それだけはいただけない。


「いやいや、勘弁してくださいよ!俺、彼女居るんで困りますって!」


「ほぅ……当真くんはうちの娘に魅力がないと、そう言うのかな」


「ぐ……っ!」


 眼光を光らせないでいただきたい。

 断れない雰囲気を作らないでいただきたい。

 こうなったら仕方がない。

 渦中の人物に頼むのはかなり恥ずかしいが、ここは田中になんとか説得して貰うしかないだろう。  

 田中だって俺なんかと付き合いたくは……。


「田中さんからもなんか言ってやって!?俺と付き合うなんてあり得ないよな!?な!」


「うーん……?なによ、あんたぁ。私じゃダメだってゆーのぉ?当真風情が生意気言ってんじゃないわよ、バーカ!にへへー!」


 なにこいつ、酔っぱらってる!

 アルコールの入った飲み物なんか飲ませてないハズだぞ。

 何がどうなって……。


「……なんだこれ、アサリ?」


「それはアサリの酒蒸しよ。アルコールは殆んど飛ばしてあるから、遠慮なく食べてね」


 ふむ、つまり田中はこれを食べて酩酊状態になったのか?

 ……いやいや、いくらなんでもあり得ない。

 多少残ってるとはいえ、この程度で酔っぱらうハズが…………これだわ。

 間違いなくこれだわ。

 だって田中の取り皿に齧ってあるアサリが乗ってるもの。

 間違いなく、酔っぱらってるわこいつ。

 

「当真ぁ!どーん!」


「重い!覆い被さるな!」


 姉さんの笑い上戸もウザいが、こう絡まれるのもかなり鬱陶しい。


「ちゃんと座れって!ああもう!」


 俺はなんとか引き剥がそうと、田中の身体に仕方なく触れる。

 それがまずかった。


「ひゃん!」


 ふにゅっ。


「あ」


「もぉー、当真のえっちー。パパ、ママー。当真におっぱい触られたー。ふへっ」


「ほう……。ならば当真くんには、婿入りしてもらうしかないな。娘を傷物にされたのだからね。なぁ、母さん」


 勘弁してくれ。





「はぁ……やっと寝たか」


 飲み会が始まってはや二時間。

 おじさんと田中はアルコールで潰れ、ようやく静かになってくれた。 

 やれやれだ。

 

「当真くん、これ娘にかけてくれる?」


 おばさんが渡してきたのは、暖かそうな羽毛の毛布。

 俺はそれを受けとると、ソファーで寝ている田中にかけてやった。

 

「ありがとう、当真くん」


「いえ、このくらいなんでもないですから」


「ふふ、その事じゃないわ。この子を助けてくれた事、支えてくれた事にお礼を言ったの。こんな安らかな笑顔を見たのは本当に久しぶり。本当に」


 もしかしてこの人は……。


「知ってたんですか、田中さんが……美住さんがイジメを受けてるって」


「ええ……なんとなくは。多分、青木さんと桃川さんが関係してるのよね?」


「そこまで知って……」


「……わかるわよ。だってお腹を痛めて生んだ子だもの。気付かないハズがないわ」


 秋乃さんの言った通りだったのか。

 流石は母親ってところだな。

 恐れ入る。


「当真君からしたら、酷い親よね。ううん、誰から見ても酷い親だと思う。だって娘が苦しんでるのに、何も出来ないんだから……」


 苦悶と悲観に満ちた声からして、この人だってかなり苦しんだ筈だ。

 ならそんな人を責めたりなんか出来やしない。

 むしろ……。


「……実は俺も昔、虐められてたんですよ。ていっても、もう三年も前の話ですけど」


 立ち上がりながらいきなり始まった自分語りに、おばさんが呆けた声を溢す中。

 俺は構わず、淡々と話を続けた。


「その時、ある人に言われたんです。イジメから本気で抜け出したいなら、他者に期待するな。自分で跑け、と」


「随分とキツい言い方をするのね、その人」


「はは、ですよね。俺も当時はそう思いました。出来るならとっくにしてるって。……でも経験してこうも思ったんです。本気で自由になりたいなら、やるしかないって。結局の所、イジメなんてのは、自分で動かないと終わりなんてしないんですよね」


 イジメられっ子にとってはこれ以上無い程の残酷な言葉だが、これが真理だ。

 最後は自らの足で、腕で、意思で、跑くしかない。

 自由を求めるのならば。


「だから当真くんは、背中を押すだけにしてるのね。あの子が自分の足で立てるように」


「そうそう、そうなんですよ。なので俺は敢えて背中を押すだけに……って、何故そのフレーズを!え、もしかして美住さんからなんか聞きました?てか絶対聞いてますよね!?」


「ふふふ……美住ちゃんってば、男を見る目はちゃんとあるのね。お母さん安心したわ」


「無視されてる!」


 おばさんの耳に、俺のツッコミが入っていないのか。

 何かに納得したような、それでいてどこか安堵した顔を見せる。

 その直後の事。


「おばさん……?」


 田中のお母さんはいきなり頭を下げたと思ったら、こんな事を────


「当真さん、不躾ではありますが……どうか。……どうか娘を守ってあげてくださいませんか。貴方だけが頼りなんです。どうか、よろしくお願いします」






 

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