第38話 隣で怯える子羊と二匹の狼

「んー?あれ、君ってもしかしてあのムカつく一年を助けた男子じゃない?……て事はぁ……えー、やだー!田中ちゃん、裏切るのぉ!?サイテー!きゃはははは!」


 まったく厄介な事態になったものだ。

 こんな場面をこの二人に見つかるとはな。

 どう切り抜けたもんか。

 

「田中ちゃん、なんとか言ったらどうなの?黙り決め込むつもりなら、こっちにも考えがあるけど?」


「ま、待ってよ!これは違うの!私は裏切ったりなんかしてない!二人を裏切る筈ないでしょ!?」


「じゃあなんでこいつとこんな所に居るわけ?おかしくない?」


「そ……れは…………」


 これは切り返せない。

 なにしろここは体育館倉庫。

 授業中ならまだしも、今は昼放課中なのだ。

 偶然を装うのは不自然だと田中も思い至ったらしく、反論出来ないでいる。

 そんな田中に二人は舌打ち。

 今度は俺に照準を合わせてきた。


「君ってさぁ、確か秋乃さんの彼氏くんだよねぇ?良いの?彼女以外の女とこんな場所で二人っきりとか、浮気じゃん。見られたらフラれるんじゃないの?ねぇ、桃川」


「だよねー。ウケるー!」


 桃川が下品に笑いながら、携帯で写真を撮ってくる。  

 ガキかよ。

 恐らく、今しがた撮った写真で脅すつもりなのだろうが、無駄だ。

 なにしろ────


「はーい、証拠写真出来上がりー。て訳だから、君もこれから私らの下僕ね?田中ちゃんと同じく。とりあえずぅ、そうだなぁ。愛原をレイプしてみよっか! そしたらバラさないで……」


「秋乃さーん。はい、チーズ」


「ぶい」


「……は?」


 パシャリ。

 よもや自分達が撮られるとは思っていなかったのだろう。

 顔をひきつらせている二人組の背後で秋乃さんがピースするスリーショットがよく撮れている。

 会心の出来だ。


「な……なななな!」


「なにしてんのよ、あんた!その写真、今すぐ消して!」


「ほい、秋乃さんパス」


「ほっと」


 携帯をパスすると、秋乃さんは見事キャッチ。


「職員室に持ち込んでくるわ」


 スタコラサッサと体育館から退散。


「は……はぁ!? ふざけないでよ! それ渡しなさいよ! 渡せ!」


「マジであり得ないんだけど!」


 二人も後に続いて出ていった。

 さっきの犯罪教唆の録音が入った俺の携帯を持った秋乃さんを。


「な、なにこれ……なんで秋乃来栖がこんなタイミングよく……」


「ああ、田中さんが詰め寄られてる時にちょちょっとリャインをな。体育館なう。気配消して入ってきて、って。今頃、教員の誰かに今の写真と録音を見せに行ってると思う」


 それを聞いた田中は呆然自失となり、腰が砕けた。

 

「は……はは…………じゃあなに?イジメは……これで終わりって、こと?こんなアッサリ……?」


「だと良いんだがな」


「え……?」


 ペタンと地面に座り込む田中を置いて、倉庫を後にした直後。

 空から舞い降りてきた秋乃さんが、目の前にスーパーヒーロー着地を披露した。


「うわあっ!ビックリしたぁ!秋乃さん、どこから現れるのさ!つか、ほんとどこから…………どんな身体能力!?」


 見上げると、一部の窓が開けっぱなしになっていた。

 あんな所から侵入して、飛び降りたのか。 人間やめてんのかな、俺の彼女さん。


「ただいま」


「おかえりー、ってちゃうわ!なにしてんの、秋乃さん!危ないじゃないか、秋乃さん!職員室行ったんじゃないの、秋乃さん!よくこんな早く撒けたね、秋乃さん!」


「今日は一言分多いのね。すごいわ、感激」


「やかましい!」


 場違い過ぎる称賛と拍手に、俺は強めのツッコミを放つ。

 そこへヨロヨロとした足取りで、田中が後を追ってきた。


「当真……」


「田中さん、大丈夫か?」


「当真、ですって?」


 今はやめて、秋乃さん。

 嫉妬してくれる気持ちは嬉しいけど、今はそれどころじゃないから。


「貴女、よくもわたしより先に冬月くんの名前を……」


「秋乃さぁん!さっきの質問に答えてくれないかなぁ!?お願い!」


「むぅ……」


 疲れる……。

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