第37話 隣で睨みをきかせる同級生との密談 【後】

 それからほどなくして。

 ようやく落ち着きを取り戻した田中が、充血した瞳に残った涙を拭いながら話しかけてきた。


「あんた……名前は?」


「なんだよ、藪から棒に」


「良いから教えなさいって。ほらほら」


 なんなんだよ、こいつ。

 ウザいな。


「わかったわかった!教えるから揺らすな!……当真だよ。冬月当真だ。これで良いか?」


「ふーん、当真ね。よし、覚えたわ。じゃあこれからよろしく、当真」


 早速名前呼びか、距離感どうなってんのこいつ。

 なんだか既視感を感じる。

 気のせいだろうか。


「でさ、当真。あんたさっき私を助けるとか言ってたけど、あれ本気なの?自分で言うのもなんだけど、私結構ドツボに嵌まってるわよ?どうするつもりなのよ、当てはあんの?」


「知ってるよ。だからこうやって話をしに来たんだろ」


 言うと田中は太ももに頬杖をつき、ニンマリと悪戯な笑みを浮かべて。


「ふーん。私にいかがわしい事をする為じゃなくて?」


「おい」


「あはは、嘘だって嘘!冗談じゃん、本気で怒んないでってば!」


 どうにも調子が狂う。

 いつもしかめっ面してたから気難しいタイプかと思ったのに、まさかこんな性格だったとは。 

 愛原が田中のイジメを疑うわけだ。

 確かに自分からイジメをするような奴ではないと断言できる。

 実に普通の女の子だ。

 

「お前……案外明るい性格だったんだな。もっと暗い感じなのかと思ってた」


「失礼ね、私だっていつもあんな風に顔を険しくしてる訳じゃないわよ。あいつらの気に障って弱みをばらまかれたくないから、仕方なくああしてるだけ」


 そこまでして守りたい秘密か。

 余程の弱みなのだろう。

 だとしたらやはり…………、


「田中さん、もし……もしもの話なんだが。その弱みを教えてくれって言ったら……教えてくれたりするか?」


「……無理。絶対に教えたくない……ごめん」


 であれば、ここはもう一つの手段を取るしかない。

 かなり心苦しいが。


「わかった、ならもう聞かないよ。だけどその代わり、というのもおかしな言い方なんだが……月末の体育祭で行われるクラス対抗リレー。あれについて、一つ頼みがある」


「クラス対抗リレーっていうと……あれよね。私らがなんでかエントリーされてる……って、やっぱりあんたが絡んでたの!?どんだけお人好しなのよ、あんた」


「う、うるさいな。別に俺一人でって訳じゃねえよ。皆も協力を…………てかそれはどうでもよくてだな。さっき言った頼みなんだけどさ……」 


 俺はそこで一度言葉を止め、溜める。

 そして呼吸を整え、田中に罵倒されるのを覚悟でこんな提案を持ち掛けた。


「もし俺達パソコン部がお前ら陸上部に勝った暁には……愛原へのイジメとイジメの強要を含む田中への仕打ち。それと青井達が脅しの種にしているお前の秘密を……告白してほしいんだ。全校生徒、保護者諸々の前で。頼む」


 言い終わると同時に、俺は頭を下げた。

 立ち上がって背中を見せる田中に。

 だがやはり田中は、頷いてはくれなかった。

 彼女の声には怒りがこもっている。


 「……ふざっけんじゃないわよ。なんの為にここまでやったと思ってんの!?何もかもあいつらに握られてる弱みを守り通すためなのよ!?なのにそれを公衆の面前で言えですって?冗談じゃないわ!」


「けどそうしない限り、奴らは田中さんを解放したりはしないんだぞ!わからないのか!?確かに辛いとは思う!不特定多数の人が知るんだ、苦しくない筈がない!だが多くの人が知れば、それは最早秘密でもなんでもない!弱みの効果を消せるんだよ!そしたらイジメを強要される必要も、愛原をこれ以上傷付ける必要も……!」


「んなの、あんたに言われなくても分かってんのよ!」


「ッ!」


 悲痛な怒号に俺は言葉を失う。

 その最中、田中は続けざまに今にも消え入りそうな声で。


「確かにあんたの言う通り、それが一番効果的かもね……。言い触らせばあいつらは私をもうゆすれないだろうから。でも……無理なものは無理なのよ!それだけは絶対に出来ない!あんな事したのを、お父さんとお母さんにしられたくないの!幻滅されたくない!悲しませたくない!だから……だから誰にも知られるわけにはいかないのよ、あれだけは……!」


「田中さん……」


 そうか、それが一番の理由だったのか。

 両親を悲しませたくない為だけにこいつは……。

 無理だ、俺にはこの方法を強行できるだけの覚悟がない。

 両親は子供にとって、最後の砦だ。

 その砦を、最悪居場所を自ら破壊してしまうかもしれないのに、無理強いはできない。

 もう、俺にはどうしようもない状況だ。

 くそっ、諦めるしかないのか。

 と、歯軋りをした刹那。

 更なる災厄が降りかかる。


「あれれー?田中ちゃん、こんなとこでなにしてるのぉ?」


「男子と密会とか、田中ちゃんもやるじゃん。私らにも紹介してよ、水くさいなぁ。……良いわよね、田中ちゃん」

 

「う、嘘……なんで…………なんで二人がこんな所に……」


 これは想定外も良いところだ。  

 まさか青井と桃川も来るだなんて、最悪な展開としか言いようがない。

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