第39話 隣の席のアイスメイデンと後悔
「な……何て真似をしてくれたのよ!あんたのせいで……あんたのせいで私と陸海はもっと酷い目に遭うかもしれないのよ!?あんたの勝手な行動のせいで!わかってんの!?」
田中の怒りは至極全うだ。
俺が勝手に動いたせいで、今後ますます二人への当たりは強くなるだろう。
「ごめん……俺のせいで…………」
「謝って済む問題じゃないでしょうが!ほんともう最悪!写真と録音もなんの役にも立たないし!ただただ首を絞めただけじゃない!」
そうなのだ。
秋乃さんによると、写真はイジメや恐喝をしているようには見えなく。
録音も犯罪教唆ではあるものの、証拠としては弱いため、保護者やPTAに握りつぶされるかも、だとか。
結局俺がやった事は、場をかき乱しただけだ。
これならまだ何もしない方がマシだった。
これではリレーに勝っても負けても、愛原へのイジメは無くならない。
どころか、田中と愛原の状況を悪化させてしまう結果を生むだけだろう。
起こりうる事態の中でも最悪な部類である。
「確かに状況は最悪ね。これじゃあリレーに勝っても意味がないし、もっと悪くなりかねないわ。でも貴女の行動でそれを変えられるのも、また事実よ。冬月くんが提案した策に乗れば、の話だけど」
「この期に及んでこいつの思惑に乗れって!?冗談じゃないわ!」
「でもやらないと、貴女達は終わり。それは貴女にもわかってる筈よ。そもそも、自分で何もしようとしない弱虫がウダウダ文句を言わないで。不愉快にも程があるわ。湾に沈めるわよ」
「うぐっ!」
これは痛いところを突いた。
なかなかのクリーンヒットだったようで、田中がふらつく。
が、やはりあの作戦には抵抗があるのか。
「だとしても、私はやらないわよ!だってお父さんとお母さんに秘密を知られる訳には……!」
「ふん……いつまでも隠し通せると思っているなら、大間違いね。隠していても、秘密というのはいつかバレるものよ。最悪、もう気づいているかもしれないけれど」
「え……」
「親ってのはそういうものらしいわ。子供のほんの僅かな機微で気付くと、わたしの母も言っていたから」
そういえば父さんも母さんも俺がイジメられていたのを、言ってないのに察していたな。
なるほど、一理ある。
田中にも心当たりが無くはないのか、初めて顔に迷い出た。
だが最後の最後で結局彼女は秋乃さんの言葉を信じきれなかったようで。
「悪いけど……少し考えさせて。すぐには答えられないから……」
それだけ言い残し、田中は去っていってしまったのだった。
あれから5日。
案の定、田中の状況はみるみる悪化していった。
田中の信用は地に落ち、今やパシリをさせられるまでになっている。
最早友達の体裁すらない。
代わりに愛原へのイジメが減ったようで、最近は顔色が少し良い気がする。
田中の件は伝えていない。
間違いなく気に病むと思ったからだ。
悩まなかった訳じゃない。
言おうかとかなり悩んだ。
けど、俺は田中を信じて待つことにした。
あいつはきっと最後には立ち向かってくれる。
そう信じているから。
だから俺もやれるべき事を全力でやろうと思う。
例えば…………体力作りとか。
「ほらほら、ペースが落ちてるわよ!足を止めない、姿勢を乱さない!」
「クソッタレがぁぁぁっ!」
早速後悔の波が押し寄せてきました。
短絡的に走り込みなんか提案するんじゃなかった。
これが自分と同じようなモブサイドの奴らとなら、走り込みも悪くはない。
しかし此度のリレーに選出されたメンバーは、俺以外軒並みネームドモンスタークラス。
地力からして違う。
第一の刺客となるは我らがツンデレ姫、春先亜伽里。
不足しがちだった彼女の体力はチア部で鍛えられたお陰で並の男子より遥かに上。
更には持ち前の運動神経もプラスされ、走り込みもなんのその。
「あと半歩遅くなったら、スパイクであんたの背中を蜂の巣にするから」
「無茶言うな!もうこれ以上はマジでムリだって!ちょっと休ませて……」
「はーい、半歩っ!どりゃあっ!」
「ぎゃああああっ!」
足は速くならないが、回避能力だけはメキメキ上がっていく、悲しい現実。
次に来たりし刺客は、陸上部の愛原陸海。
流石は選手に選ばれるだけの逸材。
足が安定して速い。
だけでなく、スタミナも凄まじい。
河川敷をもう30分は走っているのに、衰えを見せない。
あと、優しそうに見えて意外とスパルタ。
可愛らしい容姿に騙されてはいけない。
流石は陸上の申し子である。
「先輩、ペースが落ちてきた頃が一番の鍛時って知ってますか?なのでここは敢えてペースアップしましょう!そうしましょう、すぐにやりましょう!では行きますよ、はい!」
「いぃっ!ちょ、まっ!いきなり腕引っ張ぱられたらコケ…………!あ────」
残る走者は、秋乃来栖と夏日紫苑。
この二人においては特に無茶をやらせるでもなく、合わせてくれるからそこは助かる。
ただ────
「秋乃さん、ここは僕に任せて休んできてもいいよ。疲れただろう?」
「疲れてない。貴方こそ休んだらどうかしら、地の底で永劫に」
「ははは、面白い冗談だね」
「冗談ではないのだけど?」
俺を挟んでバチバチ火花を散らすのはやめろ。
いたたまれない気持ちになるから。
まあでも、並走するよう舗装路で車を走らせながらヤジを飛ばしてくるあいつらよりかは、よっぽどマシか。
「当真ーっ!しゃんとしなさーい!一歩遅れてるわよー!みんなあんたの為に付き合ってくれてるんだから、もっとやる気だしなさーい!」
「愛原ちゃんの為にレース出るんだろ!んじゃもっと頑張んねえとなあ!こういう時くらい男見せようぜ、当真!」
「今時河川敷で走り込みなどとよくやるものだ。一世代昔の青春ドラマか。……当真、データはしっかり取ってある。安心して励め」
どうやっているのかは知らないが、今後の為にパソコンで俺のデータを収集している伊沢はともかく。
姉さんと一季はマジでうざい。
邪魔でしか────
「よっす」
「なんでここに田中が……」
後部座席の少しだけ開いた窓から見えた顔には見覚えがあった。
キャップとマスクで変装しているものの、目元やキャップからはみ出ている黒髪が田中美住本人だと物語っている。
なにしてんだよ、田中のやつ。
あいつらに見つかったりでもしたらどうすんだ。
「姉さん、なんのつもりだよ!たな……そいつを連れてくるなんて!俺達と一緒なのがバレたらまた……!」
「当真、橋まで行ったら今日のトレーニングは終わりにしなさい。スポーツショップに行くわよ」
なにゆえ。
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