第26話 隣に座る後輩は嘘を吐く

 時刻は丁度18時。

 パーティーもお開きとなり、皆が自宅に着いたであろう頃。

 俺は────


「ロイヤルストレートフラッシュ」


「ちくしょう!またかよ!」


「秋乃、あんたさっきから引きよすぎでしょ!イカサマしてんじゃないでしょうね!」


「あ……あはは……」


 自分の部屋で、秋乃さんと愛原、亜伽里に囲まれトランプに励んでいる。


 何故こんな事になっているのか。

 理由は単純明快。

 単なる暇潰しである。

 姉さんが帰ってくるまでの。 

 だがこの暇潰し、実はちょっとした問題を孕んでいる。

 その原因が、この二人だ。


「イカサマなんかしてないわ だってする必要もないもの。イカサマなんかしなくても、害虫を蹴散らすなんて容易なのだから」


 この程度の毒舌、愛原なら愛想笑いで上手く躱すが、いちいち突っ掛かる亜伽里はこの通り。

 

「誰が害虫よ、誰が!あんた、本当に口悪いわよね!絶対負かせてやるんだから、覚悟しなさいよ!?」


 毎回反応してしまい、その都度険悪なムードになってしまうのだ。

 言うなれば、水と油。

 亜伽里と秋乃さんはどちらも強気なタイプ。

 引く事を知らない人種だ。

 どうせ何を言ったってこっちの言うことなんて利きやしない。


「やれるものならやってみれば良いわ。無駄に終わるでしょうけど」


「はぁ?上等じゃない、やってやるわよ!当真、さっさとカード配りなさいよね!勝負はこっからなんだから!」


 ならもう好きにさせよう。

 そう諦めた俺は、


「はいはい、わかったよ。んじゃ、配るぞー」


 ディーラーに徹する事にした。


「あ、あのぉ先輩。私も見学で……」


 良い判断だ。






「おーい、亜伽里さーん。いい加減戻ってこいよー」


「──────ふんっ」


 いかん。

 負けが込みすぎて完璧にへそを曲げてしまった亜伽里が、俺のベッドでみのむしになっている。


「シーツがシワだらけになるから早くこっち来いって。……いい加減めんどくさいぞ、お前……ぶっ!」


 枕を投げるな、枕を。


「先輩……」


 おっと、愛原くん。

 そんなクズを見るような目を向けないで貰えるかな。

 流石に傷つく。


「あたし、今日誕生日なのに……」


 うっ……それはズルいぞ、亜伽里。

 そう言われたらいくら幼馴染みと言えど、気を遣わざるを得ない。


「……はぁ、ったく。しゃあないな……」


 俺はヤレヤレと。


「亜伽里、ほら。これ食えよ」


 差し出したのはショコラのケーキだ。

 亜伽里は甘味に目がない。

 これできっと機嫌がよくなる筈、だったのだが。


「あんた、なに食べ物で釣ろうとしてんのよ。そんなのであたしの機嫌が治るとでも思ってんの?ばっかじゃない」


 今回はよっぽど腹に据えかねているらしい。

 亜伽里はケーキに釣られず、相変わらずそっぽを向いたまま。 

 そうか、ああそうかよ。

 いつまでもそんな子供みたいな態度を取るのなら、こっちにも考えがあるぞ。


「ふーん、ならこれは要らないんだな?じゃあ後で俺が……」


「誰も要らないとは言ってないじゃない。さっさとそれこっちに寄越しなさいよ」


 あれだけ文句言ってたくせに結局食べるのか。

 まあ良いけど。


「はいはい」


 もう一度皿を滑らせると亜伽里はベッドから降りて、一口頬張る。

 未だに少しだけイライラしているのか口は利いてくれない。

 ただ無心に食べるだけだ。

 そうしてケーキが半分ほど減った頃。


 ピリリリリ。


 愛原の携帯に着信が入った。


「………………」


 自分が設定した着信音を本人が気が付かない筈もなく、愛原はスマホを手に取る。  

 が、愛原は電話になかなか出ない。

 ずっと画面に表示されている『陸上部の田中先輩』の名前を、冷や汗流してジッと見つめているばかりだ。

 

「出ないのか?ずっと鳴ってるけど」


「え…………あっ、はい。今は先輩と一緒に居ますから、後でかけ直しますね」


 と言ってる間にもまた、静かになったスマホに着信が。

 これほど何度も短時間でかけてくるぐらいだ。 

 田中とやらも余程重要な話なのではないのか、と思い。


「俺らの事なら気にしなくて良いぞ。なんなら一階で電話してきても……」


 そう伝えるも、愛原は電話に出るつもりはないらしく、首を横に振って愛想笑いを浮かべる。  

 だけでなく、スマホの電源を落としてしまった。


「本当に大丈夫ですから。気にしないでください」


 どこをどう見たら大丈夫だと言うのか。  顔色は青く、冷や汗を流しているというのに。

 だがここまでキッパリと言われた以上、こちらから踏み込むわけにもいかず、


「そ、そうか……」


 俺は逃げるよう亜伽里へと視線を動かす。


「あんた……」


 亜伽里も俺と同じく愛原を心配そうに見つめる。

 ただ俺とは違い、亜伽里の目付きはいやに鋭い。


「亜伽里、どうかしたのか?」


「……別に、なんでもないわよ」


 なんでもない?

 そんな見るからにおかしな態度を取っているのに、なんでもないはスジが通らないだろう。

 とはいえ愛原の手前、亜伽里を問い質す訳にもいかず、俺はただ、


「はぁ……なんなんだよ、ったく」


 重苦しいこの空間で息を潜め、時間が過ぎ去るのを待つ事しか出来なかった。


「………………くだらない」

 

 ふと小声で呟いた秋乃さんの言葉の真意に気付きもせずに。

 いや、知ろうともせずに。

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